「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第3話「ノスタルジー」
4ページ/5ページ

「脊髄で物を考えるクセをどうにかしろ。案件は脳まで持っていけ。」
堂上は心の底からのため息と共にそう言った。
迂闊な部下から「失礼千万なんですが!」と返されたが、少しもそうは思わなかった。

今回の抗争は、堂上にとって寿命が縮む思いだった。
いや実際、間違いなく数日は縮んだと思う。
直属の部下2人が初めての抗争というだけでも、妙に緊張したのだ。
それがその2人はアクシデントに対して、独自の判断で動いた。
柴崎の館内放送を受けて館長室に向かい、そこで敵の本隊と相対することになったのだ。
しかも最後の最後、郁1人で屋上から降下して本を取り返しに行った。
さらにあろうことか銃撃に包囲されて、援護もなしに走り出そうとしたのだ。

「おっつけ俺が到着することくらいは織り込め!」
「すみません。堂上教官の存在自体を忘れてました。」
「・・・お前という奴は!」

あれほど肝が冷えたというのに、このコントのようなやり取りは何だ?
堂上は理不尽な気分になりながらも、何とか「柔軟な判断だった」と褒めて、締めくくった。
図書が守れて本当によかった。
郁と手塚の命令無視はあったが、何とか許容範囲内だ。

郁にその後の指示を出し、堂上はゆっくりと足を踏み出そうとする。
だが途端、背の低い植え込みがガサガサと音を立てた。
慌てて身構えようとしたところで「び、びっくり、した!」と間抜けな声がする。
現れたのは、見覚えのある線の細い青年だった。
どうやら抗争の間、植え込みの影にいたらしい。

「君は、隊員食堂の」
堂上は構えかけた銃を下ろして、声をかけた。
残念ながら本名は知らないけれど、ここ最近何かと世話になっている。
隊員食堂の「レンちゃん」だ。
どうやら食材の運搬中に巻き込まれたらしい。
小脇には「キャベツ」と書かれた重そうなダンボール箱を抱えている。

「避難しなかったのか?」
「抗争、知らなくて」
「放送が入っただろう。」
「駐車場、で。業者さん、から、食材、受け取ってて」

「レンちゃん」の説明に、堂上は「そうか」と頷いた。
確かに駐車場なら、放送は聞き取りにくいだろう。
そこでタイミング悪く、抗争の最中に取り残されたらしい。

「ケガはないか?」
「あ、あ、あり、ません!」
「運が悪かったな。放送の件は会議で上げて、こんなことはないようにする。」
「あ、ありがと、ございます!」

「レンちゃん」はガバッと頭を下げると、ダンボールを抱えて小走りに去っていく。
どこかコミカルなその後ろ姿に、堂上は苦笑を漏らした。
先程の郁とのやり取りといい、何だか妙に笑える。
堂上は何となく愉快な気分になりながら、撤収作業に向かった。

結局この一件で、館長代理にお咎めはなかった。
不明図書の件同様、証拠がないからだ。
それ以前に教育委員会とメディア良化委員会の連携そのものが証明できない。
歯がゆいけれど、どうしようもなかった。
せめて図書を守れたことだけが、不幸中の幸いだ。

だがやがて堂上の心は別の一件で占められることになった。
郁と手塚の関係が変化したからだ。
手塚が郁のことを認め、2人がバディらしくなったのはまぁいい。
だがあろうことか、手塚が郁に交際を申し込んだという。

あんなにいがみ合ってたのに、一体どうしてそうなる?
堂上は呆れたが、内心穏やかではなかった。
だがその理由を敢えて深く考えることはしなかった。
職場恋愛は禁止ではないし、堂上が口を出せる話ではない。

「堂上教官はあたしにしときません?」
手塚の暴挙を暴露した柴崎が、その勢いのまま妙なことを言い出した。
堂上は素っ気なく「やめておく」と躱した。
まったく郁だけでなく、手塚も柴崎も。
今年の新人は、堂上の理解を越えている。

そんなこんなで堂上もまた、ここで重要なヒントを見逃した。
なぜあの場に「レンちゃん」がいたのか。
もっと疑ってかかってみるべきだったと後悔するのは、かなり後のことだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ