「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第3話「ノスタルジー」
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「本当に、すみませんでしたぁ!」
長身の青年が頭を下げる。
貸出カウンターで応対した女性図書館員が「次回から気をつけてくださいね」と告げた。

浜田は借りた本を返しに、武蔵野第一図書館にやって来た。
貸出期限はとっくに過ぎており、いわゆる延滞となってしまった。
ただ民間のレンタル業者と違い、追加料金が発生するわけでもない。

「仕事が忙しくて、来られなくて。本当に申し訳ないっす!」
浜田はひたすらあやまった。
別になにかしらのペナルティーを食らうのもやぶさかではない。
三橋に協力すると決めたのだし、そのせいで咎められることも厭わない。
それでも根は善人である浜田としては、心苦しいことは間違いなかった。

「本当に、すみませんでしたぁ!」
浜田は最後にもう1度頭を下げながら、女性図書館員を見た。
左胸につけられた名札には「広瀬」と書かれている。
そこそこ可愛いけど、あっちの美人にはかなわないかな。
浜田はそんな不埒なことを考えながら、貸出カウンターを離れた。
ちなみに浜田の思うところの「あっちの美人」とは、館内で配架をしている柴崎のことだ。

返却を終えた浜田は、図書館を出た。
だがすくに帰ることはせず、図書館の敷地内をゆっくりと歩き始めた。
東京都内とは思えないほどの、鮮やかな緑。
まだまだ残暑厳しいが、木陰に入れば心地よい風が吹き抜けていく。

だが奥に進んでいくにつれ、痛ましい光景となった。
背の低い植え込みはところどころ破壊されたらしく、歪な形になってる。
折られた枝は白い木肌を晒しており、抗争の傷を残していた。
さらに数ヶ所ブルーシートがかけられているのは、やはり抗争の痕を隠しているのだろう。

「あ〜あ。ひどいな。」
思わず口をついて、そんな言葉が出た。
日本は平和な国だと思っていた。
だけどこんな身近な場所で、戦争が行なわれている。
そして幼い頃から知っている大事な友人も、それと無縁ではない。

「ええと。すみません。」
不意に背後から声がかかり、浜田は驚き振り返った。
立っていたのは、ショートカットの長身の女性だった。
可愛らしい顔立ちなのに、戦闘服姿。
それがどこかミスマッチで、検閲という不条理をそのまま表現しているように見えた。

「ここから先は利用者の方は立入禁止なんです。抗争で破壊されてて危険なので。」
「そ、そうですか。すみません。しらなくて。」
「いえ。こちらこそ。本当ならここの緑も楽しんでほしいんですけどね。」

おそらく防衛員であるだろう女性が申し訳なさそうに、そう言った。
浜田は「いずれ修復するんですよね?そしたらまた来ます」と頭を下げて、踵を返す。
だがそこで見知った顔を見つけて、一瞬だけ足を止めた。
ちょうど三橋が台車をガラガラと押しながら、こちらに向かって走って来るところだったのだ。

浜田が先程返却した本は、本来なら奪われるはずの本だった。
教育委員会とやらから「望ましくない図書」とされたというのだ。
だから浜田が借りることで、検閲をやり過ごすはずだった。
結局図書隊が「望ましくない図書」を奪い返したから、この本だけ借りる意味はなかったらしい。
抗争の直後に三橋から電話があり、申し訳なさそうに「ごめんね」と告げられた。

気付けばその三橋が、もう目の前まで来ていた。
だが浜田は目を合わせることなく、そのまますれ違った。
2人で話し合い、今後は図書館内で会っても口を利かないと決めたからだ。
余計な詮索はされたくないし、三橋の目的がバレるのもまずい。

「あ。レンちゃん!」
先程の女性防衛員が、三橋に声をかけている。
三橋が「お疲れ、さま、です!」と元気よく答えた。
浜田はそんなやり取りを背中に聞きながら、ゆっくりと正面玄関に向かって歩き出した。
どうか三橋が目的を果たし、幸せになりますように。
それが今の浜田の、そしてかつての仲間たちの切実な願いだった。

【続く】
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