「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第6話「連行」
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やめて!離して!
毬江は思いっきり叫ぼうとしたが、それは声にならない。
相手の男はそれを了承と解釈したのか、ニヤリと感じの悪い笑みと共に距離を詰めてきた。

高校生の中澤毬江は武蔵野第一図書館に来ていた。
本好きの毬江にとって、心躍る場所。
そしてずっと想いを寄せる大事な人が働いている大切な場所だ。

小牧さん、いないかな。
毬江は図書館に来ると、必ず館内を一周回る。
うまくすれば絶賛片想い中の彼に会えるかもしれないからだ。
だが彼が図書館業務に当たるのは、1ヶ月のうち1週間にも満たない。
偶然に会える確率は、かなり低かった。

どうやら今日も会えないみたい。
毬江は一瞬ガッカリしたものの、すぐに気を取り直して歩き出した。
お目当ては最近ハマっている作家の本だ。
上手く新作が借りられるといいなぁ。
そんなことを考えていた時「ねぇ、ちょっと!」と声をかけられたのだ。

「さっきからずっと話しかけてたんだけどなぁ。」
何だか妙にチャラい感じの男が、毬江の顔を覗き込んでいる。
いきなりの距離の近さに、鳥肌が立った。
耳に障害がある毬江は、話しかけられても気づかないことも少なくない。
どうやら今回も何度も話しかけられていたようだ。

「驚かせてゴメンね。可愛いなと思って声かけちゃったんだ。」
男は毬江の気持ちなど斟酌せずに、強引に押してきた。
当の毬江には、困惑と嫌悪しかない。
ずっと話しかけていたというくだりまでは、何とか聞き取れた。
だがそこから先はもう無理だ。
何しろ男は畳み掛けるような早口で、毬江をナンパしにかかっているのだ。

不意に男が、毬江の腕を掴んだ。
やめて!離して!
毬江は思いっきり叫ぼうとしたが、それは声にならない。
身体に触れられたことで、気持ち悪さは恐怖に変わっていたからだ、。
だが相手の男はそれを了承と解釈したらしく、腕を引いて抱き寄せようとする。

だがそのとき、不意に横から別の手が割り込んだ。
毬江の腕を掴んでいた男の手首を掴み、ギリギリと音を立てそうな勢いで引き剥がしたのだ。
男が「痛ぇ!」と叫んで腕を引こうとしたが、ビクともしなかった。
そして毬江は助けに入ってくれた人物を見て、驚く。
小柄で細身、茶色のフワフワした髪を揺らす童顔の青年。
この青年のどこに、こんな力があるんだろう。

青年は巡回していた防衛員を呼ぶと、ナンパ男を引き渡した。
そしてポケットから手帳とペンを取り出すと「大丈夫?」と走り書きをして見せてくれる。
毬江は「はい」と頷き「ありがとうございました」と頭を下げた。
程なくして小牧が駆け付けてきてくれたので、毬江はようやくホッとすることができた。

毬江ちゃんを助けてくれたのは、レンちゃん。
図書隊員じゃなくて、隊員食堂で働いているんだ。
学生時代は野球の投手で、甲子園にも行ったことがあるんだって。

簡単な事情聴取を受けた後、付き添ってくれた小牧が携帯電話の画面を使って教えてくれる。
毬江はそれを読みながら「そうなんだ」と納得した。
一見非力そうなのに、妙に手の力が強かったのはそういうことかと思ったのだ。

だからあたしのことも知ってたのかな。
毬江はもう1つの疑問にも、折り合いをつけた。
まったく面識のない男性が、どうしていきなりメモ帳を取り出したのか。
まるで毬江が耳に障害があることを知っていたようだった。
隊員食堂の人なら、おかしくないのかもしれない。
毬江は図書館の常連としても小牧の幼なじみとしても、そこそこ図書館員たちに顔を知られている。
きっと噂話でも聞いていて、助けてくれたのだろう。

「とにかく毬江ちゃんが無事でよかったよ。」
小牧が今度は携帯電話を使わず、口を大きくゆっくり動かしてそう言った。
毬江は「心配かけてごめんなさい」と答えながら、微笑した。
予定外に小牧に会えたことが嬉しくて「レンちゃん」のことはそれ以上深く考えなかった。
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