「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第6話「連行」
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「本当にありがとう。」
小牧が深々と頭を下げるのを見て、三橋はワタワタと狼狽えた。
だが何とか落ち着きを取り戻すと「大した、こと、ないです!」と答えたのだった。

「レンちゃん!」
いつも通り働いていた三橋は、大きな声で名前を呼ばれて盛り付けの手を止める。
するとカウンターの向こうでは、小牧が笑顔でこちらを見ていた。
三橋は「こんにちは!」と笑いながら、小牧の方に向き直る。
小牧は真っ直ぐに三橋を見ながら「昨日は助かったよ」と告げた。

もちろん何のことかすぐわかる。
昨日、図書館内でちょっとした事件があった。
小牧の知り合いの少女がナンパ野郎にからまれていたところに、三橋が割って入ったのだ。
そのことは知れ渡っていたらしく、多くの隊員から賞賛の声を贈られた。

すごいね。レンちゃん。
勇気があるんだね。
カッコよかったよ!
正義感が強いんだね。見直した!

そんな声がかかるたびに、三橋は恐縮するばかりだ。
三橋としては、別に正義感に駆られて行動したわけではない。
ただ単にあの少女、中澤毬江に入れ込んでしまっただけだ。
三橋も吃音気味であり、自分の思っていることを伝えるのは今でも苦手なのだ。
だから声を出せずに動揺している彼女を見た途端、思わずナンパ野郎の手を掴んでいた。

「彼女も感謝していた。ロクにお礼をいう暇がなかったって恐縮もしてた。」
「そんな。ぜんぜん。」
「本当にありがとう。」
「・・・大した、こと、ないです!」

小牧が深々と頭を下げるのを見て、三橋はワタワタと狼狽えた。
だが何とか落ち着きを取り戻すと、仕事に戻る。
まったくこういうのは居心地が悪い。
そもそも注目されることだけでも苦手なのに、ここまで持ち上げられては。
お尻のあたりがむず痒くて、どうにも落ち着かなかった。

小牧は食器を下げる時に、もう1度深く頭を下げた。
そして一緒にいた堂上と手塚もそれに倣い、郁と柴崎は手を振りながら去っていく。
それを見送った三橋は「ハァァ」とため息をついた。
単に落ち着かないだけではない。
この後の展開を知らされている三橋にとって、少々心苦しくもあった。

小牧幹久と中澤毬江。
彼らは今、メディア良化委員会の会議で名前が挙がっている2人だった。
小牧二等図書正は耳に障害がある利用者に、不適切な図書を薦めた。
人権侵害の容疑で着々と査問会の用意が進められている。
図書隊ではもちろん誰も知らない、予想外のこと。
だが三橋にはもうすでに小牧を連行する日まで伝えられていた。

はっきり言って、バカバカしい。
さほど親しくない三橋でも、あの2人に人権侵害なんてありえないとわかるからだ。
おそらくあの基地司令や特殊部隊の隊長なら、身柄の引き渡しなどに応じないだろう。
だけど今の館長代理なら、屈してしまう可能性もある。
小牧が連行される確率は五分五分だろうと、三橋は考えていた。
そして本心は何とかこの理不尽な要求を、図書隊が突っぱねて欲しいと切に願った。

だがそんな三橋の期待は裏切られた。
わざわざ稲嶺の不在時間を狙って現れたメディア良化委員会は、小牧を連行していったのだ。
その様子をこっそり覗き見ていた三橋は絶望的な気分になった。
連行するメンバーの中に、つい先日異動になったばかりの友人の姿があったからだ。

【続く】
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