「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第7話「お大事に」
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「笠原さん、ちょっといいかしら?」
郁は「はい」と答えて、足を止める。
だが内心はウンザリしており、さっさと終わらせてほしいと思っていた。

小牧を良化隊から奪還してから、数日が過ぎた。
いろいろ腹立たしいことはあったけれど、最終的にはハッピーエンドだと思う。
救出時には憔悴していた小牧は、今はもうすっかり元気だ。
念のためにと病院で診察も受け、結果も異常なし。
おまけに毬江とも晴れて恋人になれたのだから、まさに終わり良ければ総て良しだ。

そんな中、郁の唯一の不満は「レンちゃん」の鶏雑炊を食べ損ねたことだった。
あの日、図書基地に帰還した小牧のために、特別オーダーしたものらしい。
堂上も手塚も一緒に食べて、3人とも「すごく美味しかった」と感想を述べたのだ。
それを後で聞かされた郁は、心の底から絶叫した。
どうしてあたしの分、残しておいてくれなかったんですか!と。

郁と手塚は業務部に貸し出され、図書館業務についていた。
堂上と小牧は内勤で、デスクワークだ。
先日のことは結構な騒ぎになったので、小牧はトラブルを避けるために当面図書館には出ない。
それに実際、良化隊の査問会でのことについて会議や報告書などもあるようだ。

そんな中、配架作業をしていた郁は呼び止められたのだ。
相手は堂上や小牧と図書大時代からの同期の女性業務部員だ。
顔覚えの悪い郁は、残念ながら彼女の名前を覚えていない。
かろうじて見たことがある顔くらいの認識しかなかった。

「笠原さん、ちょっといいかしら?」
「はい」
この時点で郁は何となく嫌な予感がした。
それは彼女の表情だ。
柴崎ほどではないにしろ、綺麗な顔立ちにしっかりと施したメイク。
だが表情は険しく、何だか余裕がないように見えた。

「小牧君があの子と付き合い始めたって、本当なの?」
「はい。本当です。」
あの子とはもちろん毬江のことだろう。
郁は即答しながら、なるほどと思った。
いくらその手のことに鈍い郁でもわかる。
彼女は小牧のことが好きで、小牧と毬江の想いが通じ合ったことを認めたくないのだろう。

「無理しているんじゃないかな。」
「なんでそう思うんです?」
「でもあの子は年齢も離れているし、何より耳に障害があるんだし。」
「そんなの、恋をしたら関係ないと思いますけど。」
「妹みたいに思ってて、突き放せないだけとか」
「そんな気持ちで付き合うなんて失礼なこと、小牧教官はしませんよ。」

郁がきっぱりと断言すると、彼女はキッと郁を睨み上げた。
だがすぐに視線を逸らすと、さっさと歩いて行ってしまう。
郁はその背中を見ながら、ため息をついた。

小牧に惹かれる気持ちは理解できる。
容姿端麗、頭脳明晰、それに何より責任感が強いし優しい。
だけど応援する気持ちにはなれなかった。
毬江に気持ちを知り、小牧と毬江が寄り添う姿を見てしまえば。
小牧の横に並ぶにふさわしいのは、毬江だけだと思うのだ。

郁は気を取り直すと、配架作業に戻った。
ふと見上げると2階に三橋がおり、利用者らしい男性と何やら話している。
そして利用者の男性がハンカチを取り出すと、三橋の顔を拭き始めた。

レンちゃんのお友達だよね。顔に何かついていたのかな。
郁はぼんやりとそんなことを思った。
だがすぐに配架に集中し、三橋のことは頭から消えてしまった。
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