「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第7話「お大事に」
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「久しぶり、だね。」
三橋はかつての相棒だった男を真っ直ぐに見ながら、そう言った。
タレ目のくせに目つきの悪いその男は「本当にな」と苦笑した。

阿部隆也が武蔵野第一図書館に来るのは、これが初めてだった。
理由は簡単、必要がなかったからだ。
学生時代、三橋同様野球に打ち込んだ阿部は野球に必要な本しか読まなかった。
そういう類の本は、監督やコーチ、または先輩から借りることで用が足りていたのだ。

「ここがお前の職場?」
阿部は図書館内を見回しながら、そう聞いた。
だが三橋はフルフルと首を横に振った。
三橋の職場は隊員食堂であり、図書館ではない。

「西広、君、に、聞いた。阿部、君、も、良化隊、に、入った、って」
「ああ。特殊任務担当だけど。」
「オ、オレ、の、せい、か?」
「・・・関係ないとは言えないな。」

阿部は正直に答えながら、久しぶりに会う三橋の顔を見た。
その頬が若干こけているように見えて、阿部は表情を曇らせる。
かつてはバッテリーを組んだ相棒であり、同性でありながら想いを寄せていた相手。
阿部は大学を卒業した時点で、三橋に告白するつもりでいた。
彼らの野球はここで終わりだけれど、これから先も一緒にいたいのだと。
三橋も同じ想いであったことは、お互いに察していた。

「ホントに、いいの?今から、でも」
「いいんだ。オレにとっても悪い話じゃないから」
「でも!」
「全部片付いたら、一緒に暮らそうか。」
「一緒、に?」
「ああ。良化隊も図書隊も関係ないところで、一緒に生きていこう。」

気付けば三橋は大きな瞳をウルウルと潤ませながら、阿部を見つめていた。
阿部はすかさずハンカチを取り出すと、ガシガシと拭い始める。
三橋は「イタイ、よ!」と文句を言いながらも、されるがままになっていた。

こうしていると2人の時間がよみがえる。
初めてバッテリーを組んだ時から、阿部はいつも三橋を気にしてくれた。
最初は単に捕手が投手のコンディションをチェックしていただけ。
それがいつしか個人的に変わったのは、いつからだっただろう。

「でも、やっぱり」
三橋はこの期に及んで躊躇っていた。
今ここで三橋はとても人には言えないことをしている。
そこに阿部を巻き込んでいいのかどうか、未だに迷っているのだ。

「もう言うな。オレは腹をくくった。お前もくくれ」
「・・・うん。でも」
「言うなって。何もできない図書隊なんか、サクッと潰してやろうぜ。」

阿部がニヤリと笑ったのを見て、三橋は目を瞠った。
かつて野球をしていた頃、相手を追いつめる作戦を繰り出すとき、阿部はよくこんな顔をした。
相手の4番を全打席敬遠するとか、わざと押し出しをさせるとか。
心理戦に持ち込み、相手を叩き潰すときの顔だ。

「わかった。ハラ、くくる!」
ついに三橋が宣言すると、阿部は左手を突き出した。
ごく自然に三橋は右手を重ねる。
片手だけのこのハイタッチも、かつての2人のルーティーンだ。

見ていろ。図書隊。
阿部は広い広い武蔵野第一図書館の中を見回しながら、秘かに宣戦布告していた。
本を守るなんて御大層な正義を掲げているくせに、イザという時何もしてくれなかった。
だからオレたちは良化隊という悪魔と手を組む道を選んだのだ。

「オレ、そろそろ、休憩、終わり」
「わかった。じゃあな。連絡する。」
2人はしっかりと目を合わせて頷き合い、別れた。
かくして無名の県立高校を甲子園に導いた奇跡を起こしたバッテリーは動き始めたのだった。

【続く】
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