「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第8話「黒星」
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「残念だったな。」
黒い戦闘服の男はニヤリと笑った。
玄田は忌々し気に男を睨みつけると「さっさと行け!」と怒鳴りつけた。

良化隊はいつもの通り、唐突に現れた。
対象図書は今年度に指定されたものばかり、戦闘開始時間は閉館時刻。
今年の総決算として挑んできたのだとわかった。
戦闘終了時刻は1時間後だったが、それではすまないだろう。
おそらく延長を繰り返して、長期戦に持ち込まれる。
わざと本来の予定時間を告げず、こちらの気力を奪う作戦に違いない。

だが向こうはいきなり先手を打って来た。
こちらが回収する前に、図書をいち早く持ち去ってしまったのだ。
それでも堂上班が図書を持って逃げる良化隊員を追跡し、取り押さえたはずだった。
だが捕えた良化隊員の背嚢の中は空だった。
そして戦闘は予定時刻の1時間きっかりで終了したのだった。

「オレは3月末で良化隊を離れるんだ。最後に手柄を上げたよ。」
堂上班によって取り押さえられ、戦闘の間中捕虜となっていた良化隊員はそう言った。
そして「残念だったな」とニヤリと笑う。
玄田は忌々し気に男を睨みつけると「さっさと行け!」と怒鳴りつけた。
戦闘が終われば、捕虜は良化隊に引き渡すのが決まりだ。

良化隊が引き上げたのを確認すると、玄田と緒形は特殊部隊の庁舎を出た。
そこには戦闘を終えたばかりの特殊部隊隊員が集まっている。
その全員が無口で、沈んだ雰囲気だった。
それもそのはず、ここ何年かは検閲抗争はほぼ負けなしだった。
作戦の関係上、複数冊保管していたり、新たに購入可能な本を諦めたことはある。
だが代執行で挙げられた本を根こそぎ持っていかれたのは、数年振りだ。

「あたしのせいです。すみません!」
沈黙を破るように声を上げ、頭を下げたのは郁だった。
良化隊員を最初に見つけたのは郁であり、確保したのもまた郁だ。
だが実際に良化隊員が図書を背嚢に入れた場面を見たわけではない。
また逃走の最中、敷地内の木々の間を抜けたので、時折ほんの数秒ではあったが姿を見失っていた。
木々を利用して他の隊員に渡したのかもしれないし、そもそも最初から囮だったのかもしれない。
つまりどこのタイミングで図書がなくなったのか、正確なところがわからないのだ。

「いや。お前の足がなければ、そもそも追いつけなかっただろう。」
堂上がすかさずフォローする。
だが郁は「図書が奪われたら何の意味もありません!」と首を振った。
その通り、いくら良い戦いをしたところで意味はない。
図書を守れるか、奪われるか。勝敗はその二択だ。

たった1回の黒星がこれほど士気を下げるのか。
玄田は隊員たちを見ながら、内心驚いていた。
普段なら一晩中戦闘が続いたって、笑顔を見せる余裕がある精鋭たち。
それが今はまるで通夜のように暗く、表情も曇っている。
その中でも特に気になるのは、やはり堂上班だろう。
まんまと目の前で出し抜かれただけではない。
特に堂上と小牧は、特殊部隊に配属されて以降は実質負けなしなのだから。

「まずはよく休め。その後に今回の敗因を徹底的に分析する!」
玄田は力強く宣言した。
どんなにひどい負け方をしても、隊長は落ち込むことなど許されない。
何でもない顔をして前を向き、隊員たちを導かなくてはならないのだ。

「後は各班長の指示に従え。以上だ。」
玄田はそう締めくくると、堂上を見た。
実際にあの良化隊員を取り押さえた堂上たちからは早いうちに状況を確認しなければならない。
堂上もその意図を理解しているらしく、力強く頷いた。

正化31年度の検閲抗争は、これが最後だった。
図書特殊部隊は怒りと悔しさを胸に秘めながら、新年度を迎えることになった。
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