「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第8話「黒星」
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「まったく何をやってるんだか」
ヒソヒソと耳障りな悪態は、わざと聞こえるように言っている。
だが郁は聞こえない振りをしながら、フライパンを振り料理を盛りつける三橋を見ていた。

検閲抗争の翌日の昼、郁は手塚と共に隊員食堂にいた。
堂上と小牧は朝からずっと会議に呼ばれている。
昨日の抗争で図書を奪われたことを受けて、班長クラスの隊員たちは対策会議をしているのだ。
郁と手塚は他班の先輩たちと訓練をした後、昼食をとりにきたのだが。

「みすみす本を持っていかれたんだろ。」
「しかも瞬殺らしいぜ。」
「情けないよな。」
「まったく何をやってるんだか」

食券を購入し、料理を受け取る列に並んでいた郁の顔が強張った。
話しているのは、主に先輩の防衛員たちだ。
郁と手塚が配属になった直後は、事あるごとに粗探しをされ、陰口を叩かれた。
手塚は「父親のコネ」郁は「女の武器を使った」など、とにかく誹謗中傷を受け続けたのだ。

今もこのヒソヒソと耳障りな悪態は、わざと聞こえるように言っているのだろう。
だが手塚が郁の耳元で「相手にするな」と囁いた。
郁は小さく頷くと、聞こえないふりをしながら厨房の中でフライパンを振る三橋を見る。
そうでもしていなければ、内心は怒りで煮えくり返りそうだった。

「実力もないのに、特殊部隊にいるからじゃない?」
「足だけが取り柄なのに、その足も役に立たなかったらしいわ。」
「よく恥ずかしくもなく、隊食に来られるわよね。」

今度は女性業務部員たちから、声が上がった。
こちらはエリート部隊に抜擢され、しかもイケメン揃いの堂上班に配属された郁のみがターゲットだ。
手塚が心配そうな表情だったのを見て、郁は小さく「大丈夫だよ」と告げる。
そしてまた手際よく料理を盛りつける三橋の手元に視線を戻した。

逃げる良化隊員を見つけた時の驚き。
頼もしい味方に背中を守られながら、距離を詰める高揚感。
そしてついに良化隊員に手をかけた時の喜び。
だが捕えた良化隊員の背嚢が空だったのがわかったときの困惑と絶望。
それらは一晩経った今でも、はっきりと郁の中に残っている。

お前の責任じゃない。
堂上も小牧も玄田も緒形もそう言ってくれた。
そして対策はしっかりする、もう2度とこんな悔しい思いをさせないとも。
それを聞いた郁は、開き直ることにしたのだ。
ここから先はもう絶対1冊の本も奪わせない。
それでも味方であるはずの図書隊員からの陰口は、やはり堪える。

「お待たせ、しました!」
やがて順番が来て、手塚と郁の分の食事が出てきた。
それを見た2人は思わず顔を見合わせる。
頼んだのは日替わりの定食であり、確かに注文通りの料理が出てきた。
だが手塚のトレイには鶏と野菜の炊き合わせの小鉢、郁のトレイにはデザートのプリンが余計に載っている。
どちらも2人の好物だが、メニュー外の物だ。

「サ、サービス!これで、元気、出して!」
三橋は二カッと笑うと、郁と手塚が口を開く前にそう言った。
心ない悪態は三橋にも聞こえていて、気遣ってくれたのだろう。
手塚と郁はもう1度顔を見合わせると、頷き合う。
そして「「ありがとう!」」と声を揃えて、笑顔になった。

「がんばろうね!」
トレイを受け取り、空いた席に座った郁は、向かいに腰を下ろした手塚にそう言った。
手塚も「だな」と頷き、2人は箸を取る。
敵ばかりじゃない、気遣ってくれる人だっている。
そう思うだけで、力が湧いてくる気がするから不思議だ。

「いただきます!」
2人は手を合わせると、元気よく食べ始めた。
午後は市内哨戒の後、館内警護。
くよくよしているヒマなんかないのだ。
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