「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第8話「黒星」
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「久しぶり!元気だった?」
元チームメイトだった男は明るい笑顔で手を上げた。
三橋も「うん。水谷、君も!」と元気よくそう答えた。

検閲抗争の翌日も、三橋の仕事はいつも通りだ。
ランチタイムに押し寄せてくる隊員たちに、テキパキと昼食を出し続けた。
そしてようやくピークを過ぎて、休憩時間。
三橋はブラブラと図書館の敷地内を歩いていた。

ここで戦闘があった。
三橋は今更のように、そんなことを思う。
だが今はもうその痕跡はなかった。
きっかり1時間の短い戦闘だったから、痕跡も少なかったのだろう。

そして図書館の正面入口まで来たところで、声をかけられた。
彼の名は水谷文貴。
高校時代の野球部のチームメイトだ。
もちろん偶然会ったわけではなく、待ち合わせをしていたのだが。

「昨日の抗争、聞いたよ。勝ちだったんだろ?」
「な、なんとか、ね。」
2人は辺りをキョロキョロと見回しながら、声を潜めた。
一応入口のカメラの死角になっているはずだが、念のためだ。

昨日は完全に図書隊の裏をかいた。
郁が追いかけた良化隊員は最初から図書を持っていなかった。
背嚢には図書館の敷地内で拾った石を入れ、重みをつけただけ。
それを木々の間で死角になったところで、こっそりと捨てていたのだ。

では実際、検閲対象の図書はどこに消えたか?
それは業務部の部屋で足止めを食っていた三橋が持っていたのだ。
本のタイトルはわかっていたから、代執行が届く前に一ヶ所にまとめていた。
あれだけの蔵書があれば、たかが10冊程度の本が違う場所にあったとしてもすぐにはわからない。

このやり方は何回も使える手ではない。
内部に犯人がいなければむずかしいことであり、多用すればすぐにバレてしまうだろう。
だが図書隊側の出足が遅かったことが幸いした。
おそらく長期戦になるものと予想していたせいだろう。
戦闘配置がなされ、堂上班が図書の回収に来るまでに若干の猶予があった。
短いが、良化隊が速攻で決めに来たと考えても無理がない程度の時間だ。

「呂佳さん喜んでたよ。最後の抗争で実績が残せたって。ありがとうって伝えてほしいってさ。」
「そ、か」
仲沢呂佳は昨日郁と追いかけっこをした良化隊員であり、三橋を良化隊にスカウトした人物だ。
良化隊には西広のように法務省採用の者と、最初から良化隊員として採用された者がいる。
呂佳は後者であり、この後は良化隊が斡旋する就職先に移る。
最後に囮として見事に活躍したのだから、良い待遇が待っているのだろう。

「水谷、君、も、4月、から、頑張って!」
「ああ。4月以降はもう来られないから、今日はしっかり下見して行くよ。」
水谷は笑顔でそう言った。
三橋や阿部同様、水谷も4月から良化隊で働く。
だからこの先は、図書館内だけでなく武蔵野近辺で顔を合わせても知らない顔をしなくてはならない。

「じゃ、また。しのーか、さん、に、よろしく!」
高校時代の野球部のマネージャーだった篠岡千代は、今水谷と付き合っている。
水谷は照れて頬を赤くしながら「伝えとくよ」と手を振り、図書館へと向かう。
三橋はその背中を見送りながら、そっとため息をついた。

やはり昨日のやり方は姑息であり、あまり好きにはなれない。
だけど命令とあればやるしかない。
評価は図書を奪えるかどうかであり、どんなに努力したって失敗すれば意味がないのだ。
それでも誹謗中傷されている郁と手塚を見れば、やはり心が痛んだ。
だからついついサービスなどしてしまったのだ。

ダメダメ。もっと心を鬼にしなくちゃ。
三橋は自分にそう言い聞かせながら、踵を返した。
早く戻って、夕飯の支度。
それが今、三橋がしなければならない直近のミッションだ。

【続く】
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