「おおきく振りかぶって」×「図書館戦争」

□第9話「タカヤ」
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「忙しいんだから、さっさと済ませてよ!」
おばちゃんシェフが苛立ちを滲ませながら、叫ぶ。
三橋は苦笑しながら、後方支援部の隊員と視線を合わせた。

定期点検の一環として、関東図書基地内の全ての施設で盗聴器の捜索を行なう。
基地内にはそんな通達がなされた。
多くの隊員たちは「そんな必要、ある?」と首を傾げている。
それはもちろん隊員食堂も例外ではなく、スタッフたちは「なんで食堂まで」と怒っている。
怒りの理由は、疑われているからということだけではない。
ギリギリのスタッフで忙しいところで、余計な手を取られるのが嫌なのだ。

「でも、まぁ、出前、なくて、いいから」
三橋は苦笑しながら、おばちゃんシェフたちを宥めた。
点検は1日で行なわれ、その日は隊員食堂は通常営業だが出前は休業するようにと通達されていた。

疑われている。すごくわかりやすい。
三橋は思わず苦笑していた。
急に出された2つの通達、盗聴器の捜索と出前の休業。
しかも今日は朝からずっと視線を感じる。
稲嶺直属の情報部員が交代でずっと三橋を見張っているのだ。
もしも三橋が盗聴器を外しにいけば、即座に身柄が確保されるのだろう。

見張ってる人、ご苦労様。
三橋は心の中でそんなことを思いながら、フライパンを振っていた。
その横では後方支援部の隊員の青年が、トランシーバー型の盗聴器発見機を操作している。
何もこんな忙しい時間帯に来なくてもと思うが、順番なのだし仕方ない。
間違ってもぶつかったりしないように、調理中には細心の注意が必要だ。

「ここにはないっすね。盗聴器」
ひとしきり厨房と食堂の中を歩き回った隊員が、そう言った。
おばちゃんシェフが「当たり前でしょうよ!」と憤慨している。
三橋以外のスタッフは、全員もう何年もここで働いている。
今さらこんな疑うような真似をされるのは、やはり心外なのだろう。

「こ、この人、は、仕事、だし。」
三橋は思わず助け舟を出していた。
彼は言われたままの作業をしているのだから、怒りの矛先にされるのは気の毒だ。
おばちゃんシェフが「まぁそうなんだけどね」と曖昧に笑う。
するとスタッフたちまで「何もないのに」「ご苦労さんだな」と一気に彼を労う雰囲気になった。
何だかんだ言って、気の良いおじちゃん、おばちゃんたちなのだ。

「進んで、ますか?」
「まぁまぁ。1日で全部やれって言われてるから急がないと。」
三橋が声をかけると、彼は道具をショルダーバックに片付けながらそう答えた。
そして「お忙しいところ、失礼しました!」と声を張り、頭を下げる。
体育会系出身の彼は、何気に礼儀正しい。

「ご、ごくろー、さま、でした。」
三橋は声をかけながら、彼を見た。
一瞬だけ絡み合う視線に、どうしても特別な色が混ざる。
だがそれを周囲が気付くより先に、2人はさっさと視線を外した。

それにしても。
三橋は急ぎ足で食堂を出ていく彼を目で追いながら、緩みそうになる頬を引き締めていた。
まったく上手く化けたものだ。
高校時代の三橋とツーショットの彼の写真は、ネットなどに結構出回っている。
だけど今の彼はかなり風貌が変わっているし、簡単にバレることはないだろう。

心配して、損したかな。
三橋は深呼吸を1つして、気持ちを切り替えた。
そして今も食堂で食事をしながら、こちらを監視している情報部員の気配を感じ取る。
そのメンバーの中に柴崎麻子が入っていないのは、彼女は未だに嫌疑がかかっているせいだろう。

都合がいい。申し訳ないけど。
三橋は後ろめたい気持ちを誤魔化すように、フライパンを振り始めた。
今日はもう何も考える必要もない。
気の良い食堂の「レンちゃん」でいること以外にやることがなかった。
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