「おお振り」×「ダイヤのA」

□2年目の夏!その3
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「沢村が嘆いてたぜ?降谷が便所までついてくるって!」
倉持は声を潜めながら、そう言った。
御幸は「ハハハ」と笑いながら、すっきりしない気持ちを押し隠した。

沢村が閉じ込められた事件は、実に中途半端に終わった。
警察に届けるどころか、犯人捜しもしない。
野球部員たちには緘口令が敷かれ、事件自体を隠す方向に向かったのだ。

まったく不本意だが、仕方がないような気もした。
なぜなら唯一犯人を見ているはずの沢村は、何も覚えていないのだから。
一応この学校の女子生徒で、3年生に見えたという。
だが他の学年かもしれない。
それに沢村が閉じ込められた時間帯、学校の裏門は開いていたという。
つまり制服さえ何とかなれば、部外者が青道の生徒になりすますこともできた。
そうなるともう雲をつかむような話になってくる。

監督の片岡は徹底的な調査を主張したそうだ。
それは当たり前のことだろう。
沢村は実際ひどい目に遭ったわけだし、体調を崩していてもおかしくなかった。
このままにしていいはずがない。

だが学校側がそれを嫌がった。
校長や教頭など、学校を仕切っている教師たちである。
警察沙汰などありえない。
犯人が生徒である可能性が高く、不祥事になると。
結局それは野球部のためにもなることだった。
夏の大会に備えて、練習試合を重ねている大事な時期である。
余計な騒ぎで集中を乱されたくないというのも、間違いなく本音だった。

かくして事件は隠蔽されてしまった。
三橋や阿部たちにも口止めをするほどの徹底ぶりだ。
不幸中の幸いは、沢村がすぐに元気になったことだ。
今まで通りによく声を出し、快調に投球練習を続けている。

それでもやはり部員たちは不安なのだ。
だから誰からともなく、沢村を1人にしないようにしている。
授業中は同じクラスの金丸や降谷。
練習中は部員総出で、とにかく沢村の行方を目で追っている。

「にしても、マイペースな降谷がなぁ」
「一応エースナンバーを争うライバルだけど、友情もあるってことだろ」
授業の合間の休み時間、同じクラスの御幸と倉持は話し込んでいた。
一応事件自体が秘密だから、声を潜めている。
それでも降谷がトイレまで沢村に貼り付いていたというのは、笑える話だった。

「それにしても何で沢村なんだろうな。」
御幸はため息まじりにそう言った。
倉持は「まぁな」と頷きながら、ため息をつく。
実は倉持は犯人だと疑っている女子生徒がいる。
だが証拠がない以上、口にするのを躊躇っていたのだ。

「まぁ今は練習試合に集中するか」
御幸は自分に言い聞かせるようにそう言った。
倉持の内心の葛藤に気付くこともできなかった。
後々御幸はそれを後悔することになる。
ここで気付いて、倉持から聞き出していれば。
後々あんな大事にならずに済んだのではないかと。
だが今は知る由もなく、話題を変えた。

「西浦か。ヤツらも強くなってるんだろうな。」
「ああ。あなどってるとヤラれる。」
「あのちっこいエース、少しはデカくなったかな?」
「沢村や降谷同様、成長してるんじゃねーか?」

御幸と倉持は週末の試合の話題に興じることで、問題を避けた。
何はともあれ、明日は西浦高校野球部が乗り込んでくる。
久しぶりの面々に会うのは、楽しみだ。
とにかく良い試合ができるようにと、御幸は切に願った。

【続く】
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