生きる5題+

□赤い華に憧れる
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「!」
泥門デビルバッツの面々のみならず、その場にいた誰もが息を飲んだ。
試合の最中に、武蔵がヒル魔を殴り飛ばしたからだ。
武蔵の拳はワナワナと震えていたし、ヒル魔の口は切れている。

実は事前に武蔵とヒル魔で示し合わせていたことだ。
演技しているヒル魔はともかく、他の全員が驚いた顔をしている。
つまり、この芝居は成功なのだろう。
だが武蔵が怒っていることだけは真実だった。

泥門デビルバッツは、関東大会の初戦、神龍寺ナーガと対戦していた。
組み合わせが決まった時、武蔵は正直言って「運が悪い」と思った。
いきなり強豪、しかも因縁浅からぬ相手との対戦なのだから。
そしてその因縁に、セナを巻き込んでしまったことがつらかった。

わかっていた。
阿含がその狂気をセナに向けていることを。
薄々は感じていたが、確信したのはあの抽選会のときだ。
阿含は明らかに、セナの目を狙ってボールを投げた。
セナだから狙われたし、セナだから避ける事ができたのだ。

「せいぜい足元すくわれないようにな、天才さんよ。」
ヒル魔は阿含にそう言い放ち「ケケケ」と笑った。
だが切ないような焦燥感とセナへの庇護欲を押し隠していたのだと思う。
何としても勝たなければならず、その勝利のためにセナは必要不可欠だ。
そしてセナは、また過酷な戦いの最前線に立たされる。

武蔵は自分の怒りの正体がわかっている。
いたぶるように執拗にセナを狙う阿含への怒り。
セナと阿含のマッチアップを決め、セナを酷使するヒル魔への怒り。
そしてこの状況でヒル魔の筋書きに乗り、セナを止めない自分への怒り。
それらが複雑に入り混じって、武蔵を駆り立てる。

ヒル魔は「フリ」だけでいいと言っていたが、思い切り殴った。
それでも少しも気が晴れない。
だが同じ怒りを感じているであろうヒル魔は、殴られることで少しだけ気が晴れている。
特に根拠はないが、そんな気がしてならなかった。
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