「世界一初恋」×「黒子のバスケ」

□第3話「宇佐見秋彦、好きなんですか?」
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「うわぁ、これ、すごいね!」
律は思わずはしゃいだ声を上げてしまう。
だがすぐに自分が年上であることを思い出し、コホンと咳払いをして誤魔化した。

律は引っ越してきてから、マンションの敷地内から1歩も外に出ていない。
理由は追手が怖かったからだ。
恋人と駆け落ち同然に、日本を飛び出しており、その後の実家の動向を知らない。
もしかしたらまだ律を連れ戻そうとしているかもしれない。
律の両親はそういうことをやりかねない人物だったし、それを可能にする人脈と金を持っている。
迂闊にマンションを出て、親に雇われた怪しげな一団に拉致される。
それが馬鹿げた妄想なのか、現実にありうる恐怖なのか、判断がつかないのだ。

セキュリティ万全のマンションの敷地内には、いろいろな設備がある。
フィットネスジム、そして散歩ができる遊歩道など。
だから運動不足になる心配はない。
でもやはりストレスはたまるのだ。

本好きの律にとって、読書はストレス解消になる。
だが持っている本の数には、限界があった。
つまり日本から持って来た本は、もう全部何度も読んでしまったのだ。
昨今は電子書籍なんて便利なものもあるが、律は紙の本の方が好みだったりする。
パラパラとページをめくるあの感覚は、電子書籍にはない快感だ。

新しい本が読みたい。
実はこのマンションから車で1時間ほどの場所に、日本語書籍を扱う書店があることは知っている。
だがそこまで行く勇気はなかった。
恋人である高野も心配して、遠出はやめた方がいいという。
だからもう読んだことのある本を、何度も読み返すという状況だったのだ。

だが変化は唐突にやって来た。
原因は最近知り合った青年、黒子テツヤ。
遊歩道で読書をしていた律は、散歩中らしい黒子に声をかけられたのだ。
黒子は「宇佐見秋彦、好きなんですか?」と聞き「僕も好きです」と言った。
おそらくこの青年は本好きと思われる。
それならば日本の本を持っているのではないか。

「黒子君、日本語の本って持ってる?」
「・・・ええ。小説なら何冊かあります。僕も本が好きなので。」
「よかったら、貸してもらえないかな?」
律は顔こそ必死に笑いを浮かべていたが、かなり切羽詰まった口調で頼んでいた。
すると黒子は「じゃあうちに来ませんか?」と誘ってくれた。
つまり選べるほど、本がたくさんあるということだ。
律は舌なめずりしそうな勢いで黒子の部屋に行き、そして涎を流さんばかりに喜んだ。
かなりの数の本があり、律が読んだことがないものも結構あったからだ。

「どれでもお貸ししますから、選んでください。その間にお茶でも淹れます。」
黒子は律のハイテンションに動じることもなく、あくまでも冷静にそう言った。
本当にこの青年は、表情から気持ちが読めない。
それでも黒子から部屋に上げてくれたのだから、きっと迷惑とは思ってないだろう。
律はそんな虫のいい解釈をして、律の蔵書を見る。

黒子の持っている本から、何となく好みがうかがえる。
宇佐見秋彦や角遼一など、かつて律が担当していた作家の本が全部揃っているのは嬉しい。
だが1つ、おかしな点があった。
ある作家の本だけ、同じ本が数冊ずつあるのだ。
それは人気作家「まこと・りん」のものだ。
好きな作家なら読む本とは別に保存用を買うことはある。
だが数冊というのは、どういうことか。

それにもう1つ、気になることがあった。
この部屋に漂う微妙な雰囲気であり、ほとんど勘のようなものだ。
だが例えば、玄関口に2つ並べられた色違いのスリッパとか。
または黒子の部屋に、あきらかに黒子とはサイズの合わない大きなシャツがかかっていたり。
友人2人のルームシェアと聞いているが、好き合う者同士が住んでいるという感じの部屋だ。
もしかして彼らも、律と高野と同じなのではないだろうか。

「とりあえず、これだけいい?」
律は黒子の蔵書の中から「まこと・りん」の本を選んだ。
日本を出る前の何年かは、ゴタゴタしていて本を読む余裕なんかなかった。
その頃デビューした「まこと・りん」は残念ながら、まだ未読なのだ。
これを期に、作品を制覇したい。
それに読めば、黒子が数冊持っている理由がわかるかもしれない。

「それにしたんですか?」
黒子はそれを見て、珍しく不機嫌そうに眉を寄せている。
律は焦って「え?ダメ?」と聞くと、黒子はいつもの無表情に戻って「別にかまいません」と答えた。

【続く】
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