「世界一初恋」×「黒子のバスケ」

□第5話「騙しましたね」
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「騙しましたね」
黒子は静かにそう言った。
一応凄んだつもりなのだが、いつもと変わらない無表情に見えていることはわかっている。

部屋でパソコンに向かい、執筆中だった黒子は、インターホンの音に顔をしかめた。
この家の住人は2人ともあまり近所づきあいをしないのに、訪ねてくる人間はものすごく多い。
その8割は、火神のファンだ。
彼らはどういう情報網なのか、ここがNBAプレイヤー火神大我の自宅と知っている。
だからあわよくば火神に会えるのではないかと、インターホンを鳴らすのだ。

残りの2割は、黒子の仕事の関係者。
とは言っても、実際に原稿を任せている担当者ではない。
何とか黒子に作品を書かせようとする、飛び込みの編集者ばかりだ。
黒子はだいたい年に1冊のペースで本を出しており、それで精一杯だ。
だから何を頼まれても、これ以上書くつもりはなかった。

そんな招かれざる訪問者を避けるのは、むずかしい話ではない。
このマンションはオートロックで、各部屋ごとにモニターが付いている。
だから顔を確認して、知らない人間ならば応答しなければいいのだ。

黒子は執筆中だった原稿を保存すると、ドアモニターを確認する。
手を振っているのは、この地で数少ない顔見知りの1人。
同じマンションの住人で、最近知り合いになったばかりの織田律だ。
モニター越しでもやはり美人だと、いつもながら感心する。
どうやらエントランスではなくて、この部屋のドアの外にいるようだ。

『黒子君、今ちょっと、いい?』
「どうぞ、入ってください」
ドアロックを解除すると「こんにちは」と律の明るい声がする。
黒子は「どうも」と答えたが、すぐに異変に気付いた。
律の後ろには見知らぬ男が2人おり、黒子に頭を下げたのだ。

「丸川書店の桐嶋さんと横澤さん。俺の知り合いなんだ。」
律が申し訳なさそうに、そう言った。
2人はすかさず名刺を取り出し、差し出してくる。
名刺を受け取った黒子は「横澤」という名前に、電話で話したことがあることを思い出した。
確か出版社の漫画担当の営業だと名乗ったと思う。
黒子の小説を漫画化したいと連絡してきたのだ。

「騙しましたね」
黒子は静かにそう言った。
一応凄んだつもりなのだが、いつもと変わらない無表情に見えていることはわかっている。
騙したというのは、単に編集者を案内してきたことだけではない。
黒子が作家の「まこと・りん」だと気付いていて、よくも今まで知らない顔をしてくれたものだ。

黒子は自分の小説を漫画にするつもりなどなかった。
なぜなら黒子は自分の書く文章に、神経を使っている。
単語の1つ1つも丁寧に推敲しているからこそ、1つの本に1年かかるのだ。
そういうこだわりが漫画で表現できるとは思えないのだ。

「勝手にごめん。でもこの人たちは漫画作りのプロなんだ。」
「はい」
「だから黒子君の小説の新たな魅力を引き出してくれると思うよ。」
「・・・新たな、魅力ですか?」
「うん。小説だと出せない漫画だけの魅力。だから話だけでも聞いてあげてよ。」

律は申し訳なさそうに、気弱な笑みを見せる。
そんな顔をされたら、怒るに怒れないではないか。
黒子は諦めてため息をつくと「どうぞ、こちらへ」と桐嶋たちをリビングに通した。
そして彼らから一通りのプレゼンテーションを受け、とりあえず考える時間が欲しいと告げた。

「黒子君、俺も頼みがあるんだけど。」
桐嶋と横澤が帰った後、1人残った律は、そう言った。
黒子は思わず「は?」と間の抜けた声を上げてしまう。
桐嶋たちの話を聞いているだけで、結構気疲れしたのだ。
だからその反動で、完全に気を抜いていた。

「あのさ、俺も、黒子君の小説、扱いたいんだけど」
「え?織田さんも編集者なんですか?」
「俺は元編集者。それで今は翻訳家なんだ。」
「え?」
翻訳ということは、英語版を出すということか。
またしても違う仕事のオファーに、黒子はため息をついた。
さっきのコミカライズの話も、ちゃんと話を聞いたら、面白そうだった。
律の話に興味が出てきたが、このまま律のペースになるのは面白くない。

「お話を聞く前に、いくつか僕の質問に答えてもらえますか?」
「え、どんな?」
「例えば先程のお2人が、織田さんのことを『小野寺』って呼んだこととか。」
その言葉に律が「あ」と声を上げる。
どうやら主導権がこちらに移ったことを、黒子は秘かに喜んだ。

【続く】
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