「世界一初恋」×「黒子のバスケ」

□第7話「どうですか?」
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「え?うっそぉ!?」
律は思わず手を止めて、スマホの画面を食い入るように見た。
懐かしいその名前に、心が暖かくなるような気がした。

律と黒子の翻訳本の話が、静かにスタートした。
だがコミカライズの話は、もう少し前に始動している。
律はそのきっかけに少々関わることになったが、今は何もしていない。
アドレスを交換した桐嶋や横澤から、ときどきメールで報告を聞くくらいだ。

律はパソコンの前で、悪戦苦闘していた。
黒子には中学レベルの簡単な英語で、全文訳すと豪語した。
だがこれが意外と難しい。
しかも最初に訳す黒子のデビュー作は、高校のバスケ部員の恋の話だ。
欧米人に日本の運動部の雰囲気なんて、わからないだろう。
簡潔な英語で、違う文化を違和感なく表現するのは、思った以上に難しい。

ガリガリと髪を掻き毟っていたところで、スマートフォンが鳴った。
メールの着信。差出人は桐嶋禅だ。
またコミカライズ版の方は、進んだらしい。
黒子はため息をつくと、スマホの画面に指を滑らせた。

桐嶋と横澤は、律に感謝してくれているらしい。
頑として断られ続けていた「まこと・りん」作品のコミカライズ。
たまたま律が黒子と知り合いだったことで、彼らを引き合わせることができた。
だが当の律は追われているかもしれない身の上なので、関わったことは秘密にしてもらっている。
丸川書店では、桐嶋と横澤の快挙という扱いになっているそうだ。
だから桐嶋も横澤も、罪悪感で落ち着かないのだという。

俺にしてみれば、逆にありがたいんだけどな。
律は彼らのメールを見るたびにそう思っていた。
黒子の本のコミカライズを見られるのは、単純に嬉しい。
それに桐嶋と横澤、黒子の打ち合わせを兼ねた食事会に、同席した。
ずっと追手の恐怖でマンションの敷地内にこもっており、久々の外出だったのだ。
外に出るきっかけを作ってもらったことに、感謝している。

律はスマホを操作して、桐嶋のメールを開いた。
コミカライズ担当の作家が決まったという。
その名前を見た律は、ベタに目をこすった。
二度見どころか、三度見までしてしまう。

「え?うっそぉ!?」
律は思わず手を止めて、スマホの画面を食い入るように見た。
懐かしいその名前に、心が暖かくなるような気がした。
コミカライズを担当する作家の名前は吉川千春。
律も面識がある、乙女な少女漫画作家だ。

「でも、ジャプンだよね?」
律は思わず素朴な疑問を口にする。
すると背後から「異例のことらしいぜ」と声がする。
同棲している恋人、高野が、いつの間にか律の部屋に入ってきていたのだ。
手には仕事中の律のために淹れたコーヒーのカップを持っている。

「今回はジャプンで書くらしい。まぁ小説のイメージと絵は合いそうだよな。」
「そうなんだ。じゃあ吉川先生の作品も、幅が広がりますね。すごい!」
律は思わず笑顔になった。
今ではただのファンだが、吉川千春とは一緒に仕事をした関係だ。
こうして今は離れてしまった作家とつながりを持てるのは、嬉しい。
黒子の作品は、こうして律を新しい世界に連れて行ってくれる。

「俺も負けてられません!」
律はそう宣言すると、再びパソコンに向かった。
高野は「無理するなよ」と言いながら、パソコンの横にコーヒーを置いてくれた。

【続く】
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