「世界一初恋」×「黒子のバスケ」

□第8話「ちょっといいですか?」
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「メシ、まだかよ?」
不意に現れて、リビングに腰を落ち着けた男は、不満そうにそう言った。
それを聞いたキッチンの火神が「うるせぇよ!」と叫ぶ。
文句を言いながらも、火神は大急ぎで3人分の食事を作っていた。

黒子と火神の部屋で、まるで自分の部屋のように寛いでいるのは青峰大輝。
火神同様NBAプレイヤーであり、同じマンションの住人でもある。
中学時代は黒子のチームメイトで、高校の時にはライバルになった。
今でも火神とはライバルだが、黒子にとっては良き友人だ。

青峰は幼なじみと結婚しているが、妻の桃井こと青峰さつきは現在日本に帰国している。
理由は出産のためだ。
慣れない地で出産するよりも、日本の方が落ち着く。
だから日本で産むことを選び、現在は実家に戻っている。

「1人でいるのは寂しいから、メシくらい一緒に食わせろよ」
それが青峰が頻繁に、黒子たちの部屋を訪ねる理由だ。
だけど火神も黒子も、それが嘘だと知っている。
青峰は桃井がいるときから、しょっちゅう食事をたかりに来ていたからだ。
何なら桃井も一緒に、食べに来る。
理由は桃井の料理の腕前が壊滅的にひどいからだ。

「で、その律さん?尾行されてるってマジなのか?」
青峰は心配そうに、そう言った。
黒子は「はい」と答えた。
高野と律の了解を得て、青峰には彼らの抱える事情を説明している。
別に興味本位ではなく、同じマンションの住民だし、いざというときには頼りにできるからだ。

「間違いないと思います。」
黒子はきっぱりとそう言い切った。
高野には話したときには「断言はできないけど」と言ったが、内心では確信している。

あの日、律と2人でマンションを出た時には、何も感じなかった。
だがランチをしようと立ち寄ったレストランで、怪しい2人組に気付いたのだ。
彼らは席が空いているというのに、わざわざ落ち着かない入口付近に陣取った。
そしてチラチラとこちらに視線を向けてきたのだ。
さらに黒子と律がレストランを出ると、追うようにして出て来た。
そのとき黒子は、彼らのテーブルの料理が半分以上残っているのを見た。
食事目的で来店したのではないのだと確信するには、充分だ。

彼らはその後も黒子たちの行く先で、何度も見かけた。
書店やファッションショップ、カフェなど行く先々で、視界に入って来るのだ。
しかも上着を変えたり、サングラスや帽子などを付けて、変装をしている。
人間観察が得意な黒子でなければ気付かないであろう、巧みなカモフラージュだ。

「なぁテツ。その尾行って、絶対に律さん狙いなのか?」
「どういう意味でしょう?」
青峰の問いに、黒子はそう答える。
つまり青峰は尾行者が、律ではなくて黒子を見張っていた可能性はないのかと言っているのだ。

ここ北米では、南米ほどではないにしろ、誘拐ビジネスというものがある。
高額収入がある有名人や、その家族が対象だ。
犯人はそれを生業としている、言わば誘拐のプロだ。
しっかりとターゲットの収入をチェックして、払える額を要求してくる。
こちらの警察はあまり当てにならない。
それどころか金を払って、解決しろというスタンスなのだ。
つまり助けるには、金を払うしかない。
青峰はそんな輩が黒子を狙う可能性を、考えていた。

「ヤバいとしたら、黒子より桃井じゃねーの?」
キッチンから湯気の立つ皿を持って出て来た火神が、そう言った。
黒子は確かに高額所得者ではあるが、アメリカでの知名度はほとんどない。
またNBAプレイヤーである火神の恋人だとバレたら狙われるかもしれないが、それもない。
黒子は表向き、火神の家のハウスキーパーであり、恋人だなんて知られようがないのだ。
それなら青峰の妻である桃井の方が、可能性が高い。
青峰は「まぁ、なぁ」と言いながら、頭をボリボリと掻き毟った。

「僕も律さんも気をつけます。だから青峰君は桃井さんのことを考えてあげてください。」
黒子はそう締めくくると、立ち上がった。
そしてキッチンに向かい、料理を運ぶ火神を手伝う。
青峰だけがどっかりとソファに座ったまま「腹減った〜」と声を上げた。

この時はまだ火神にも青峰にも、緊張感はなかった。
だが嵐は静かに、黒子と律に近づきつつあったのだ。

【続く】
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