「世界一初恋」×「黒子のバスケ」

□第9話「泣いてもいいんだぞ」
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「・・・狙いは、俺だったみたい」
律は呆然とそう呟いた。膝がまだ震えている。
高野は何も言わずに、そっと律を抱きしめてくれた。

車の襲撃を受けた後、律たちは病院にいた。
黒子は襲撃犯に突き飛ばされ、さらに急発進した車に身体が接触したのだ。
勢いよく倒れた瞬間、頭を打った。
氷室に助け起こされた時には、黒子は意識を失っていた。

「少し大げさではないですか?」
救急車が到着した頃には、黒子は意識を取り戻して、そう言った。
だが氷室は「ダメだよ。ちゃんんとしないと」と引かない。
たとえ一瞬でも気を失うほど、強く頭を打ったのだ。
かくして黒子は病院に運び込まれ、氷室と律も同行した。
そこへ連絡を受けた高野と火神が駆け付けて来たのだった。

「黒子君にケガをさせてしまって、申し訳なかった。」
氷室が火神に頭を下げる。
だが火神は「そんなことねーよ」と答える。
そして高野が「助かりました」と頭を下げた。
実際律と黒子だけでは、この程度の被害ではすまなかっただろう。

「じゃあ律さん、荷物は全部乗せたからね。」
氷室はそう言って、律を安心させるように笑った。
律はショックが大きいので、先に帰らせることになったのだ。
高野と火神は病院まで、高野の車で来ていた。
そこで氷室が今日、買い物した荷物を高野の車に移してくれたのだ。

「本当にありがとうございました。」
高野が氷室に頭を下げると、車の運転席に乗り込んだ。
氷室はまだ治療を受けている黒子と火神を送るために、病院に戻って行く。
律も助手席に乗り込み、戻って行く氷室をミラー越しに見ながら、シートに身を沈めた。

「大丈夫か?」
高野は車を止めたまま、そう言った。
律は「俺は平気です。それより黒子君の方が」と答える。
あの車の男は、律を車に引きずり込もうとしていた。
黒子はそれを阻止しようとして、突き飛ばされたのだ。

「律君も氷室君も、俺より年下なのに、しっかりしてますよね」
律は苦笑しながら、そう告げたつもりだった。
だが高野はその表情を見て、顔をしかめてしまう。
無理をして笑顔を作っているのが、見え見えだったからだ。

「無理するな。」
「でも」
「少なくても今は、無理する必要はない。俺とお前しかいないんだからな。」
高野の言葉に、律の表情がくしゃりと歪んだ。
狙われている恐怖、そして黒子にケガをさせてしまった罪悪感。
律は膝の上で拳を握りしめながら、こみ上げてくる衝動を抑えられない。

「・・・狙いは、俺だったみたい」
律は呆然とそう呟いた。膝がまだ震えている。
高野は何も言わずに、そっと律を抱きしめてくれた。

「泣いてもいいんだぞ」
「泣きませんよ。本当はこうやって甘えるのも不本意なんです。」
「素直じゃねーな。」
「今頃気付いたんですか?」

高野と律は車の中の不安定な状態で抱きしめ合いながら、軽口を叩いた。
そんな風にしていれば、少しずついつもの日常に戻れるような気がする。
黒子や氷室があれだけ強く、襲撃者に相対したのだ。
ここで律がビビッて泣くなんて、カッコ悪すぎる。

「警察に被害届、出した方がいいんですよね?」
「犯人の顔、見たのか?」
「俺も見たし、黒子君も見てます。でもこっちの警察ってどうなんですかね?」
「あー、日本とは違うかもな」
「俺はすごくショックだったけど、実質被害は黒子君のケガだけでしょう」
「確かに動かねー可能性も高いか」

律が懸命に考えを巡らせているのを見て、高野は迷った。
何しろ、律を連れ去ろうとする犯人の最重要容疑者は。律の両親だ。
もしも警察がキッチリと捜査したら、実行犯から辿り着かれてしまうかも知れない。
本当にそれがいいことなのだろうか?
律はきっぱりと割り切っているようだが、そのときになればやはり傷つくのではないだろうか?

「とにかく今日のところは、帰って休もう。」
高野はようやく律から身体を律から離して、エンジンをかけた。
とにかく律をゆっくり休ませよう。
高野はそんな思いから、いつもより慎重なハンドル騒ぎで、車を発進させる。
律は「はい」と答えると、窓の外に目を向けた。

【続く】
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