「世界一初恋」×「図書館戦争」

□第6話「頑張れ」
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どうしてこれが検閲図書なんだよ。
木佐は心の中だけで悪態をつきながら、大好きな本が並ぶ書架を見ていた。

木佐翔太は、武蔵野第一図書館に来ていた。
ここへ来るとき、いつも木佐は少しだけ後ろ暗い気分になる。
決して近所とはいえないこの場所にわざわざやってくるのは、人には言えない性癖のため。
木佐は決して書店では出回らない本を読みに来たのだ。

木佐の人には言えない性癖。
それは恋愛の対象が男であることだった。
平たく言えば、同性愛者だ。
思春期から青春期にかけては、この性癖には大いに悩んだ。
同級生たちがクラスの女子の誰々が可愛いと騒いでいても、その輪の中で曖昧に笑うだけだった。
どちらかと言えば、騒いでいる男子の方が魅力的だったのだ。

だが20歳を過ぎた頃には、諦めて開き直った。
悩んでも迷っても、どうにもならないのだ。
そこから10年は、それなりに楽しく過ごしてきた。
身体の疼きを鎮めるために、一夜限りの恋をしたこともある。
三十路目前にして高校生でも通る童顔は、そんなときに便利だった。

木佐が迷わず進んだのは、検閲図書が並ぶ奥の書架だ。
目的のジャンルは、ボーイズラブ、いわゆるBL小説だ。
最近は年齢のせいか、見知らぬ男をナンパするのも面倒になってきた。
ならば物語の中の恋に萌えるのが、手っ取り早いのだ。

ちなみにBL本を置いているのは、武蔵野第一図書館だけではない。
木佐の自宅マンションに近い図書館でも、数こそ少ないがそこそこのBL本が集まっている。
それでもわざわざここに来るのは、閲覧室のせいだ。
検閲対象の本は決められたゾーンより外へは持ちだせない。
だから専用の閲覧室で見ることになるのだが、武蔵野第一のそれは1席ずつしっかり仕切りされている。
つまり他の人間が何を読んでいるか、わからないようになっているのだ。
三十路目前にしてBL本を読みふける姿を見られたくない木佐には、ありがたい。

木佐はコソコソと本を選ぶと、キョロキョロと周りを見回した。
ここで知り合いに会ったことはないが、木佐は出版社勤務だ。
本に関わる同僚が、ここに現れる可能性は決して低くないと思う。

木佐は選んだ本を手に、これまたコソコソといつもの席に座った。
盗難や損壊防止の観点からか、このゾーンの一部はガラス張り、つまり外から見えてしまう。
だからなるべく奥の見えにくい席を使う習慣がついているのだ。

さぁ、読むぞ。
木佐はワクワクしながら、本を開いた。
その様子を一組の男女がジッと見ていることには、気がつかなかった。
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