「世界一初恋」×「図書館戦争」

□第10話「査問中」
2ページ/5ページ

「ひよ。どうした?」
桐嶋はキョロキョロと辺りを見回す愛娘に声をかける。
娘はつまらなさそうな声で「郁ちゃんがいない」と答えた。

休日、桐嶋は娘の日和を連れて、図書館に来ていた。
主な目的は、仕事の調べ物だ。
新連載の企画が上がってきたので、類似作品がないかチェックするのだ。
昨今の読者は、厳しい。
少しでも他の作品とかぶったりすると、パクリだなどと騒ぎ立てる。

だが休日であるので、自分が読む本も捜すつもりだった。
本好きな娘も、ここなら一緒に楽しめる。
普段は多忙で、一緒に過ごす時間が短い娘とデートと洒落込むのも悪くない。
日和も「一緒に武蔵野第一図書館に行くか?」と聞いたら、嬉しそうに笑っていたのだが。

実際、図書館に来ると、日和はがっかりしたような表情になった。
日和が「郁ちゃん」と呼んで、慕っている女性の図書館員がいないのだ。
しかも今日、館内にいる女性図書館員は「はずれ」ばかりだ。
日和もそれを感じたらしく「一緒にいていい?」と聞いてきた。
桐嶋は「わかった。日和の好きな本も後で一緒に見よう」と笑った。

図書館員の多くは真面目で、本好きの者が多い。
だが中には、文句を言いたくなるような者もいる。
特に女性図書館員に多いのは、ここを婚活の場とでも勘違いしているような者たちだ。
桐嶋に声をかけてきたり、こっそりと連絡先を渡してくる女性図書館員が何人もいた。
だが桐嶋は、仕事中にナンパを仕掛けてくるような女は、好みじゃない。
日和と一緒に来て「パパ」と呼ばれて、しばらくは穏やかだったのだが。

しかし桐嶋が独身であることが知られた。
女性図書館員に母親のことを聞かれた日和が、正直に死別したことを答えたのだ。
日和に罪はないが、そこからまた面倒なことになった。
桐嶋狙いの女性図書館員が、復活したのだ。
もちろんそんな輩はごく少数なので、躱すのは難しくない。
だがそいつらは、日和にも目をつけて取り入ろうとする。
桐嶋としては、娘が巻き込まれることだけは何としても嫌だった。

「桐嶋さん、こんにちは。何かお捜しですか?」
案の定というべきか、桐嶋が「はずれ」と評価する女性図書館員の1人が話しかけていた。
桐嶋は「大丈夫です。自分で捜しますから」と答えたが、内心舌打ちしたい気分だった。
新作の企画と同じような作品がないか捜したいので、知識豊富な図書館員のアドバイスが欲しいところなのだ。
だけどこの女にだけは頼みたくない。

「もしよろしければ、お嬢さんのお相手しましょうか?」
なおも食い下がって来る女性図書館員に、桐嶋はウンザリする。
そんな桐嶋を気遣ったのか、日和が「あの」と口を挟んできた。

「お父さんと2人だから大丈夫です。ありがとう。おばさん」
日和はそう告げると、頭を下げた。
そこに悪気はまったくない。
いわゆるアラサーと呼ばれる年代であろう彼女は、日和にとっては「おばさん」だ。
彼女は明らかに怒っていたが、利用者であり、味方につけたい日和には文句が言えないようだ。

「あ、麻子ちゃん!」
日和はアラサーの怒りには気づかず、こちらに歩いてくる別の図書館員に手を振った。
麻子ちゃんと呼ばれた図書館員が「日和ちゃん。こんにちは」とこちらに来てくれる。
よかった。まともな図書館員が見つかって。
桐嶋はアラサーの彼女に背を向けると、麻子ちゃんこと柴崎麻子に「こんにちは」と頭を下げた。

「すみません。ちょっとお聞きしたいんですが」
桐嶋は柴崎に声をかけながら、見知った2人がギャンギャンとじゃれ合いながら通り過ぎるのを見つけた。
月刊エメラルドの編集長の高野と、新人の小野寺律だ。
だが休日だし向こうは気付いていないようなので、あえて声はかけなかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ