業火の果て

□第27章 結晶
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社長補佐室のデスクで、また彬従は丸くなってうずくまっていた。

「今度は何なの。華音と仲直りしたんじゃないの。」

祐都はまた冷ややかに尋ねた。

「仲直りはした。」

「じゃ何でヘコんでるの。」

「華音に子供は要らないって言われた。」

「仕方が無いだろ。社長を辞めろって言われるなら。」

「それから、しばらくは実家で暮らすって言われた。」

「何があったの。」

「美桜が結婚して家を出るから、それまで姉妹で一緒に過ごしたいんだって。」

「アキも実家に帰ればいいじゃん。隣りなんだから。」

「あっそうかっ!」

「そんなことでいちいちヘコむなよ。」

祐都は呆れた。

「やっぱりヒロトは頼りになるな!」

別人のようにニコニコと彬従は笑みをこぼした。

「俺、ミセツさんのところに行ってくる……」

ため息を吐き、ヨロヨロと祐都は立ち上がった。

「俺も行くよ!」

彬従がついて来た。

「遊びに行くんじゃないよ。」

祐都はキッと睨みつけた。

「分かってる。貞春のオッサンに用があるんだ。」

ニコリと笑い、何かを企むように彬従は目を光らせた。



祐都の運転する車で、ホテルカザバナに向かった。

「アキに聞いてもいいかな。」

「何?」

「父さんがこの頃元気無いんだ。華音の家に行ってからなんだけど、何があったか知らない?」

「さあ。何も聞いていないよ。」

彬従は知らないふりをした。

「そうか……俺が力になれればいいのに……」

寂しげに祐都は眉を寄せた。

「ヒロトはお父さん大好きだよね。」

「俺の理想だよ、父さんは。目標でもある。」

「俺の理想はヒロトの家族だな。お父さんは強くて頼りになって、お母さんは明るくて大らかで優しくて……」

「そう?意外と揉めてるけどね、ウチの親。」

祐都は苦笑いした。

「父さん、女にマメで優しいから、すぐに勘違いされるんだ。」

「恭弥おじさんが?へぇー!」

「相談とか親身になって受けてるうちに相手の女に惚れられて家まで押し掛けられて、何度も修羅場になったよ。」

「それでどうなるの?」

彬従はハラハラした。

「父さんはビビって隠れていて、母さんが相手の女を物凄い剣幕で追い返すのさ。」

祐都は思わずクスクスと笑った。

「いつもおっとりしてる母さんがマジ鬼みたいで、子供心に女は怖いって思ったよ。」

「アハハ!」

彬従も笑った。

「そういう時の父さんはめっちゃカッコ悪かったけど、そんな姿を見ても大好きなんだ。」

「やっぱりいいなぁ、ヒロトの家族は……」

「またいつでも遊びに来なよ。母さんはアキが大好きだから。父さんの若い頃を思い出すんだってさ。」

他愛も無い話をして笑い合い、彬従と祐都は車を走らせ海辺のホテルを目指した。



出迎えた美雪は一時期のげっそりと痩せた姿から、以前の活気を取り戻しつつあった。

「この半年で売上もようやく回復したの。面倒なことは貞春さんが全部見てくれるから、私はホテルのサービスや内部のことに専念出来るわ。」

ふわりと美雪が笑った。

「だから前のように居心地が良くなったんですね!」

祐都はホッと安堵した。

帳簿を確認し、貞春の希望でホテルの備品を納入する業者を新たに選定した。

「貞春さんは私よりホテルカザバナに思い入れがあるみたい。」

「オッサンがやる気出してるなんて喜ばしい限りですよ。」

彬従はニコリとした。

「誰がオッサンだっ!」

彬従の頭の上に拳骨が落ちた。

「お前また新しい仕事持ってこようとしてないか?」

「貞春さんの熱意で新しい顧客が増えたんです。」

「俺はここで手一杯だ。他を当たってくれ!」

「そう言わないで、話だけでも聞いてくださいよ!」

彬従に押し切られ、しぶしぶ貞春は打ち合わせを始めた。

「アキはホントに人を丸め込むのが巧いわ。」

美雪はアハハと明るい声を上げた。

「貞春さんもやる気になって、いい傾向です。」

祐都は微笑んだ。

「そう言えば、ミセツさん、貞春さんにプロポーズされたんですか?」

「えっ!何で知ってるのよっ!」

あわあわと美雪は手を震わせた。

「貞春さん、嘆いてましたから。振られたって……」

美雪の顔を祐都は覗き込んだ。

「だって、もう恋をしたいと思わない……」

うつむく美雪は暗い表情だった。

「夫と子供がいながら他の男に熱を上げて振り回されて捨てられて、大事な家族を傷つけて失ってしまった。」

「それはもう終わったことです……」

祐都は手を取った。

「新しい未来があるんです。でも急がなくていい。ミセツさんの心が動き出すまでゆっくり生きればいい。」

「ありがとう、ヒロト……」

一筋涙を流して美雪は祐都を見つめた。



打ち合わせを済ませ、彬従と祐都は別れを告げた。

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