業火の果て

□第28章 純真
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知らせを受けた華音は定例社長会を途中で抜け出し、彬従のマンションに急いだ。

玄関を開けようとして鍵を手にしたが、震えて思うように差し込めなかった。

やっとのことで鍵を回しドアを開けると、そこには彬従が立っていた。

「来ないで。」

「入れて。」

「今日は帰って。」

「知ってるわ、麻美ちゃんからメールをもらった。」

華音はドアを閉めさせまいとした。

「居るんでしょ?逢わせて!」

諦めた彬従は華音を中に入れた。

「もう寝てるんだ。飯を食わせて風呂に入れたら安心したみたい。」

話をする間、彼は一度も目を合わせなかった。

ベッドの上で小さな男の子が丸くなって眠っていた。

父親の大きなTシャツをパジャマ代わりに着ていた。

「誰なの?」

「名前は天日彬従……」

華音は息を飲んだ。

「俺と沙良の子だ。」

「そんな……今まで知らなかったの?」

「沙良と別れる時に妊娠したとは聞いていなかった。」

青ざめ、小さな息子に目を落とした。

「アキの子供……なのね。」

「間違い無い。こんなに俺に似てたら言い逃れは出来ないよ。」

ガクリと華音は崩れ落ちた。

「もう7才になるらしい。」

彬従は苦しげに顔を歪めた。

「あの頃の俺は華音と別れて沙良と結婚するつもりだった。沙良は子供を欲しがっていた。当然予想していい事態だった……」

息子のそばに腰を下ろした。

「寝顔がアキにソックリ……凄く可愛い……」

彬従の横に立ち、華音は思わず呟いた。

「笑い方も声もソックリだよ……」

彬従はふわりと微笑んだ。

「可愛い子だ。物怖じしなくて明るくて……愛されて育ったんだろうな。」

あどけない寝顔をそっと撫でた。

「独りでここまで来たの?」

「そうらしい。由良に連絡を取ったら向こうでは誘拐されたかと大騒ぎになっていた。」

華音は彬従の肩に手を置いた。

「沙良とアメリカから帰国したあと、インターナショナルスクールに通っているそうだ。昼休みに腹が痛いと保健室に行き、そのあと教室に戻ると言って行方不明になったらしい。」

「何故、アキに逢いに来たの?」

「沙良が病気なんだ……俺に逢いたがっているから、一緒に来て欲しいと言われた。」

華音はキュッと胸を掴んだ。

「明日この子を家まで送ってくる。だけど沙良には逢わない。会社は休むから、ヒロトに急ぎの件は任せるって伝えて。」

「アキ……行かないで。」

華音は閉じ込めるように彬従に腕を絡めた。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるよ。」

胸の中に引き寄せ、彬従は強く華音を抱きしめた。

「ごめん……どんなに可愛くても、この子は俺が華音を裏切った確かな証拠なんだ。」

「アキ……!」

堪えきれず、声を殺して華音は涙を流した。



小さなあきつぐを間に挟み、華音と彬従は手を繋いだまま眠れぬ夜を過ごした。

明け方華音はウトウトとし、ハッと気づくと横にいるあきつぐがまじまじと見惚れていた。

「おはよう、あき。」

ニコリと笑い掛けると、男の子は照れたように真っ赤になった。

「おはよう、良く眠れた?」

彬従が後ろから抱きかかえると、くすぐったいのかキャッキャと笑い声を上げた。

「お父さん、このお姉さんは誰?」

あきつぐは無邪気に尋ねた。

「俺の彼女だよ。」

「アキっ!」

華音は慌てた。

「かのじょって何?」

きょとんとしてあきつぐは父親にすり寄った。

「大きくなったら教えてやるよ。」

彬従は息子に抱きつき、ベッドの上で二人でじゃれ合った。

父と子の明るい笑い声に、華音は思わず笑顔になった。

朝食に華音がホットケーキを焼いて出すと、あきつぐは感激して大騒ぎした。

「ホットケーキぐらい食べたことあるだろ?」

彬従がからかうと、息子はぷうっと頬を膨らませた。

「だって凄く美味しいよ!」

「ママは作ってくれないのか?」

「ご飯は全部ハウスメイドが作るんだよ。」

「ああ、天日の家はそうだったな。」

彬従は頬杖をついて、はちみつがついた息子の口元を拭いてやった。

「お姉さんは何て名前?」

「華音よ。」

「華音ちゃん、凄くキレイだね!ママと同じくらいキレイ!」

「惚れちゃダメだぞ。俺の彼女だから。」

「ねぇお父さん!かのじょってなに?」

小さなあきつぐはまた父親にキャッキャと絡みついた。

「もうすっかり仲良しね。」

華音はクスクスと笑った。

「ママは……具合が悪いの?」

はしゃいでいたあきつぐは途端にしゅんとした。

「アメリカにいる時から悪くて、今はずっと病院にいる……」

「早く治るといいね。」

「うん!」

あきつぐの泣きそうな顔を見て、華音は心が痛んだ。



帰り支度を整え、小さなあきつぐは華音を見つめた。

「華音ちゃん、今度ぼくのうちに遊びに来てね!」

*
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