業火の果て

□第31章 父と子
1ページ/4ページ


「聞いてよヒロトっ!」

社長室で華音は激怒していた。

「アキなんか信じられない!お父さんが亡くなるかも知れないのに、逢いに行かないって言うのよ!」

「それで華音は実家に戻っているのか……」

祐都はため息を吐いた。

「冷た過ぎるわ!」

「そうだね……でも今まで親子と言えるような関係じゃなかったから。」

「だけど、おじ様が逢いたいって言ってるのよ!」

「分かった分かった。とにかく、仲直りしてくれよ。」

「私は絶対許さないからっ!」

「華音とアキがケンカしてると仕事にならないだろ!職場にプライベートを持ち込むなよ!」

さすがの祐都も頭に来て、華音に小言を言った。



休日になり、朝から華音はケーキを焼いた。

「もう一週間だね。」

詩音がケーキを頬ばりながらニコリと笑った。

「何が?」

「華音ちゃんが実家に戻ってきてから。アキも良く耐えてるね。」

「アキが謝らない限り私は帰らない!」

「華音って案外意地っ張りなのね。でもこのケーキは凄く美味しい!」

柚子葉もケーキを口にし微笑んだ。

「なんだかんだ言って、アキの好きなケーキを作ってるのよ。」

二人は目を合わせてクスクス笑った。

柚子葉はやっと、少しだけ起き上がっていられるようになった。

膝の上に蓮を乗せ、小さくちぎったケーキを食べさせていた。

ピンポーンと呼び鈴がなった。

「こんな朝早くから誰かしら。」

華音はそわそわした。

「アキだと思ってるでしょ?」

「違うわよ!」

「素直じゃ無いんだから。」

プリプリ怒りながら玄関に向かう華音の姿に、詩音は思わず微笑んだ。



ドアを開けると、やはり彬従がムッと口を結んで立っていた。

「いい匂いだな!オレンジケーキ?」

スタスタと中に入って行った。

「待ってよアキ!」

華音が止めるのも気にせず、リビングに入り、自分の分のケーキを切り分けて食べ始めた。

「美味い!」

「それ、アキのために焼いたのよ、絶対!」

詩音が冷やかした。

「そんなことないから!」

真っ赤になって華音は否定した。

柚子葉の膝に乗っていた蓮が、「あー!あー!」と声を上げた。

床に下ろすとタタタと這って彬従のところまで行き、つかまり立ちして抱っこをせがんだ。

「蓮は俺が好きなのか?」

気を良くした彬従が抱き上げると、蓮はまた無愛想にムッとした。

「なんで笑わないんだ。」

ぷくぷくした頬をつつくと、蓮は「うー!」と唸ってじたばたした。

「男の人が珍しいのかな?」

息子と彬従のやりとりを見て、柚子葉は戸惑った。

「蓮に……お父さんは必要なのかな……」

愛くるしい表情を見ながら彬従は答えた。

「父親は絶対必要だよ。シュウならきっと君と蓮を大切にする。」

「アキにだって、お父さんが必要よ!」

華音が話に割り込んだ。

「その話はもういいよ。」

「逢った方がいい!」

「親父に逢って冷静でいられる自信が無い……最期に罵り合って終わりたくないんだ……」

彬従は蓮をぎゅっと抱きしめた。

「逢ってみないと分からないわ……」

華音は後ろから彼にしがみついた。

「アキ……私は逢いたい、彬智おじ様に。」

詩音が立ち上がった。

「私と一緒に来て。最期に話をさせて。」

柚子葉が不思議そうな顔をした。

「詩音とアキのお父さんは同じ人なの……」

華音の答えに、柚子葉はハッと手で口を押さえた。

皆がしんと黙り込んだ。

突然、ブーブーと振動音がした。

彬従がポケットから携帯を取り出し、慌てて応じた。

「どうした?」

「パパ、どこにいるの?」

涙声の息子からだった。



彬従と華音は慌ててマンションに戻った。

「お休みだから逢いに来たら、パパがいなかった。」

エントランスで泣きべそをかいてあきつぐは父親に抱きついた。

「また葵に黙って出てきただろ?心配させるようなことしちゃダメだよ!」

「だって、葵はパパに逢いに行っちゃダメって言うんだもん!」

プクッと頬を膨らませた。

「シュウの部屋から誰にも見つからないで抜け出せるんだよ!シュウが教えてくれたの。」

得意気にあきつぐは語った。

「一人で列車も乗れるよ!周りの人がお菓子やジュースをくれるから凄く楽しい!」

「お前なら、周りがほっとかないだろうな……」

彬従はため息を吐き、葵に連絡を取った。

「チビあき、おじいちゃんに逢いに行こう。」

「ぼくのおじいちゃん?」

「そうよ!病院にいるの。」

「逢いたい!パパ、行こうよ!」

彬従は呆れた。

「華音はズルい!チビあきを巻き込むなよ!」

しかし、あきつぐはもうその気になり、車に向かって父親の手を引っ張った。



高塔の家に寄り詩音を乗せ、山奥にある終末期医療専門の病院に向かった。

*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ