業火の果て

□第1章 キスの境界線
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「何があったの?」

「部活のことで、帰りが遅くなるなら辞めろって……お前を付き合わせたことも嫌味を言われた。」

「そうなの…とにかく、トキはウチに連れて行く。」

華音が季従を抱き上げると、彬従はその手から弟をもらい受けた。

「俺が連れて行くよ。」

小さな季従は兄の胸にしがみつき、涙を拭った。

階段を下りると、彬従達の父が待っていた。

「ご心配おかけして申し訳ありません。」

自分の息子と同い年の華音に、丁寧な言葉づかいで謝った。

「トキはウチで預かります。おじ様も気になさらないでください。」

華音はふと見上げて圧倒された。

彬従にそっくりの整った美しい顔立ちは見慣れているはずなのに心を揺さぶられる。

背は高くスラリとした姿態、良く通る低い声、全てにおいて他に類を見ない完璧さ。

一族の中で吉良彬智は「高塔家の珠玉」と呼ばれていた。

「今日のことなら、アキは悪くありません。」

華音は彬智への畏れを抑えて彼を見上げた。

「勝ち残って試合が終わったのが8時でした。確かにその後のんびりしていましたけど…」

「華音、いいよ、こいつに言い訳なんかしなくて。」

「父親に向かってこいつとは何だ!」

「アキは良くやっています。どの部よりも練習量の多い男子バスケ部でこの夏からキャプテンを務めています。」

二人がぶつかり合うのを華音は制した。

「でも勉強は疎かにしてません。中間テストも期末テストも毎回必ず学年一位を取っているんです。」

「華音がそう言うなら信じましょう。」

「夜も遅いですから、これで失礼します。」

華音はぺこりとお辞儀をし、彬従の背を押しながら自分の家に向かった。



家に戻ると、騒ぎに気づいた妹の美桜と詩音が玄関で待ち構えていた。

「華音、大丈夫?」

「平気よ!」

姉と彬従の様子を見て、美桜は安心した。

「今夜はウチで寝ようね、トキ。」

華音は季従の頭を撫でた。

「詩音が一緒に寝る!」

季従と同い年の詩音が両手を上げた。

「トキを頼むよ。」

彬従は弟を連れて詩音の寝室に向かった。

「これからおじ様がいてもトキはウチで預かろう。私、お母さんに頼んでみる。」

華音はきっぱりと言った。

「アキもトキもかわいそう。お母さんがいないのに、お父さんがあんなだったら私は耐えられない。」

華音と年子で少しマセている美桜は、どんなことでも彬従の味方をするのだ。

「そう言えば、お母さんはどこ?」

「…おじ様のところに行った。」

美桜が顔を曇らせた。

「何故、おじ様は帰ってきたの?」

「分からない、お母さんも何も言わないし…」

華音は不意に胸が苦しくなった。



美桜におやすみを言った後、華音は詩音の部屋の前で待っていた。

ガチャリとドアが開いて彬従が出てきた。

「二人ともはしゃいでて、やっと寝たよ。」

「トキが元気になって良かった。」

「ごめん、華音に注意されたのに、やっぱり我慢出来なかった。」

「いいよ、私も彬智おじ様は苦手だから。」

華音は彬従をぎゅっと抱きしめた。

「今日一緒に寝よう。」

「はぁ!?」

彬従は真っ赤になって華音を見た。

「そんなこと出来ないよ!」

「昔は良く一緒に寝たよ。」

「ガキの頃だろ!?」

「ダメなの?」

彬従は更に赤くなり、しばらく考えてからぼそりと言った。

「……パジャマを取ってくる。」



風呂に入り、髪を乾かし、明日の学校の用意も終え、待ちくたびれて華音はベッドにもぐりこんだ。

しばらくして、彬従が赤い顔で部屋に入ってきた。

「遅いよぉ。」

「ごめん、風呂に入ってた。」

そう言いながら、彬従は華音の横に潜り込んだ。

「このベッド、こんなに狭かったかな。」

「アキが大きくなりすぎたのよ。」

「親父と母さんがケンカするたび、ここに潜り込んでたな…」

華音は彬従に寄り添った。

「おやすみ。」

「……キスしていい?」

「もうおしまい。」

「分かった。」

「お母さん、アキの家で何してた?」

「茉莉花さまは親父とリビングで話していたよ。」

彬従は顔を華音に向けた。

「心配しなくていいよ、茉莉花さまはいつもそうだから。親父のこと気遣っているんだ。こうやって、華音が俺を慰めてくれるように…」

華音は彬従の身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

「おじ様って、お母さんのお姉さんだった人の婚約者だったんだよ。」

「知ってる…」

「その人は高校生の頃に亡くなって、代わりにアキ達のお母さんと結婚したって…」

「好きでもない女と一族のために結婚させられて、家庭を省みないで、妻に子供を押しつけられて逃げられた訳だ。」

華音は頬を彬従の胸に押し付けた。

「今までいろんなことがあって、アキがおじ様を許せないのはわかってる。でも、二人が傷つけ合うのを見るのは切ない。」

*
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