業火の果て

□第25章 血の絆
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それまで堪えていた想いが一気に溢れ出した。

彬従は立ち上がり季従の横に座った。

唇を噛みしめ涙を流す弟の身体を兄は強く抱きしめた。



優介はホテルカザバナのロビーで待っていた。

美雪が息を切らせて駆けつけた。

「久しぶりね。里穂は元気?」

「元気だよ。新しい幼稚園も楽しそうに通っている。」

優介はうつむいたままそう言った。

「優ちゃん、新しい仕事はどう?」

「まあまあだよ。昔の知り合いの伝手でやっと雇ってもらったんだ。贅沢は言えないさ。」

「ごめん……突然お店を閉めてしまって……」

優介は無言のまま、鞄から一通の書類を取り出した。

離婚届だった。

「いつでもいい。ここにサインをして俺の実家に送ってくれ。」

「優ちゃん……」

「もう、お前とはやっていけない。」

「里穂はどうするの?」

「あんな小さい子を家に独り残して男と逢っているようなお前に里穂は渡さないっ!」

激しい怒りで真っ赤になりながらも、抑えた声で優介が答えた。

美雪はペンを取り出し名前を書き入れた。

「印鑑は優ちゃんが押して。」

「分かった。」

離婚届を鞄に入れ、優介は立ち上がった。

「俺、近いうちに高校の同級生だった人と再婚する。里穂も彼女に懐いている。もう二度と美雪には逢わない。」

「お幸せに。今までありがとう。里穂を……お願いします。」

一度も美雪と目を合わすことなく、優介はその場を去っていった。

ロビーのざわめきを聞きながら美雪は涙を流すことなく呆然と座り続けた。



期末の決算で、ホテルカザバナの経営状態は最悪であると判明した。

柊はすっかり美雪の前に現れなくなった。

客のいないガランとしたホテルの中を美雪は彷徨い歩いた。

ポケットの中の携帯電話が震えた。

画面を見て慌てて応答した。

「シュウ君!」

「よぉ、元気?」

乾いた声で柊が尋ねた。

「どうして逢いに来てくれないの?」

「君に言わないといけないことがある。」

美雪の問い掛けに答えず、柊は話を続けた。

「俺の会社、ホテルカザバナを手離すことに決まったんだ。」

「どういうこと?」

「こんなに儲からないんじゃやっていけない。道楽をする気は無い。」

「まだ開業して3年も経っていないのよ!」

「買い取り先が決まったら連絡が行く。そうでなければ廃業だな。」

電話の向こうで柊が小さく嗤った。

「今まで楽しかったよ。」

それだけ告げて、柊は電話を切った。

美雪はその場にうずくまり、いつまでも涙を流し続けた。



数日後、憔悴した美雪の元に1本の電話が掛かった。

祐都からだった。

「ミセツさん、今日これから伺いたいんですが良いですか?」

「……誰にも逢いたくない。」

「仕事の話ですよ。逢ってください!」

ウキウキと弾む声に美雪は戸惑った。

ホテルカザバナのオーナールームに、祐都と彬従、華音、そして桐ヶ谷貞春がやってきた。

「天日リゾートエージェンシーと正式に売買契約を結びました。今後、ホテルカザバナは桐ヶ谷観光開発の所有物になります。」

「ねぇねぇヒロト君!その社名ダサくない?今からでも遅くないから変えようよ!」

貞春が文句を言った。

「だって和風にしようって、貞春さんが言ったんじゃ無いですか!」

祐都が言い返した。

「今そんなことで揉めてる場合か?」

彬従がすかさず突っ込んだ。

「ミセツさん、安心してください。これからは高塔と桐ヶ谷が共同出資する……えーと?」

華音が祐都をチラリと見た。

「桐ヶ谷観光開発!」

「そう!その会社が経営をサポートしますから。」

「ホントに……?」

「ホントですよ!ミセツさんはこれからもホテルカザバナのオーナーでいてくださいね!」

「ありがとう、華音ちゃん!」

美雪は泣き崩れた。

「一応俺が社長だからな。口出しはさせてもらうぞ。」

貞春が美雪の頭をポンポンと叩いた。

「まずは従業員教育からだ。今の奴らは全然ダメだ。いくら見た目が昔のままでも中身が全然伴っていない!」

貞春の勢いに美雪はキョトンとした。

「俺は親父に連れられて、ホテルカザバナには昔よく泊まっていたんだ。」

「だから、あんなに細かな所まで詳しかったのね。」

貞春はうなずいた。

「ホテルカザバナの良さは家族的なもてなしだった。売上は大事だけれど、心を忘れちゃ、お客さんは寄ってこないよ。」

「そうですね……」

美雪は呆然と貞春を見つめた。

「アンタのお父さんとお母さんだって、一年二年で築き上げた訳じゃない。焦らずのんびり行こうよ。」

「はい!ありがとう、桐ヶ谷さん……!」

「貞春でいーよ!」

ニカッと少年のように貞春は笑った。

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