業火の果て

□第28章 純真
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「ええ……私もまたあきに逢いたい。いつでもここに遊びに来てね。」

膝をついてあきつぐを抱きしめ、華音は頬をすり寄せた。

「華音ちゃんって、いい匂い……柔らかくてあったかくて、凄く気持ちイイ……」

あきつぐはうっとりとしがみついた。

「俺の彼女に手を出すな!」

息子を引き離そうと、彬従は後ろから脇腹をくすぐった。

あきつぐはキャキャキャと笑い声を上げてのけ反り、しかし華音を離さなかった。

「アキったらヤキモチ妬かないの!」

あきつぐをぎゅっと抱かえ、華音は可笑しそうに笑い掛けた。

突然、間に息子を押し挟み、彬従は華音を抱き締め唇を重ねた。

「お父さん、苦しいよ!」

二人の胸の中で小さなあきつぐがジタバタともがいた。

「ごめん……ごめん……」

うつむいた彬従の目から一筋の涙が零れ落ちた。

「さあ行こう。由良が待ってるよ。」

「うん!」

彬従の運転する車に乗り、小さなあきつぐは去っていった。

車の中から、華音にいつまでも手を振っていた。

「なぜ……なぜ……あなたは私の子供じゃないの……」

姿が見えなくなった途端、華音はその場に崩れて涙を流した。



天日の屋敷は、かつて居候していた頃と変わりは無かった。

彬従は息子を連れ、応接間に通された。

「バカっ!あきのバカっ!」

由良はあきつぐにしがみつき、涙を流した。

「どうしていきなり居なくなるの!みんながどれだけ心配したと思ってるの!」

「由良ちゃんごめんね。ぼくパパにどうしても逢いたかったんだ。」

あきつぐは由良にぎゅっと抱きついた。

「由良、久しぶりだね。」

青ざめ、彬従は力無くそう言った。

「あきつぐが迷惑を掛けてごめんなさい。」

目を伏せたまま立ち上がり、由良はぼそりと呟いた。

「アキさま、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」

葵がお茶を運んできた。

「あき、パパとお話があるから、お部屋に戻っていなさい。」

「うん!でも、後でまたパパと遊んでいい?」

うるうると瞳を潤ませあきつぐが訴えた。

「いいよ。また後でね。」

父親が頭を撫でると、嬉しそうに笑顔を見せた。

あきつぐを部屋から出し、由良はソファーに座った。

「私はアキを許さない。あんな一言で沙良を棄てて、傷つけたことを許さない。」

彬従は何も言い訳出来なかった。

「でも、沙良があなたに相談もせず独りで子供を産んだことも、許されることじゃないって思ってる。」

「……子供が出来たこと、別れる前でも後でもいいから教えて欲しかった。」

彬従は由良の横に座り、目を合わせずそう言った。

「あの頃のアキは華音に夢中だった。子供が出来たと言っても、きっと華音を選んだはず……沙良は拒絶されることを恐れたのよ……」

「沙良の具合はどう?」

正直、聞くのが辛かった。

「入院して、今は面会謝絶なの。」

由良は涙ぐんだ。

「心の病よ……自傷行為こそ無いけれど、生きる気力がすっかり失われてしまった。」

そっと目を拭った。

「男と女の間に愛情が無くなれば、義理も責任も関係無いのは分かってる……でも、あなたと沙良には幸せでいて欲しかった。」

「沙良に辛い想いをさせて済まなかった……だけど、あの頃も今も俺の気持ちに変わりはないよ。」

彬従は固く目を閉じた。

「あきつぐはとても好い子だね。君達が大切に育ててくれたのが良く分かる。ありがとう、俺はそれを言いに来たんだ。」

「あきが生まれて本当に良かった。いるだけでみんなが明るくなる。可愛くて、楽しくて……そうだ、アルバム見る?」

「いいの?見せてよ。」

すると、次々と由良はアルバムを持ってきた。

生まれたばかりの頃から今に至るまで、大量の写真が収められていた。

「すげぇ可愛いっ!」

彬従は目を輝かせた。

「由良さまはあきさまを撮るために一眼レフカメラまで買ってしまわれたんです!」

葵がクスクスと笑った。

「葵だって、私と同じくらい撮ってるわ!」

「これ、初めて寝返りした頃のですよ。コロコロ転がって可愛かった。」

普段は冷静な葵が頬を赤らめ語った。

「いいなぁ!この写真、俺にちょうだい!」

「こっちも可愛いでしょ!」

「いいね!」

「アキ、私が撮ったのも見て!」

重苦しい雰囲気はどこかに消え去り、彬従達は笑いながらアルバムに見入った。



あきつぐは自室に戻った。

かつて父親が高校時代に使っていた部屋だった。

「よぉ。おかえり。どこまで冒険しに行ってたの。」

柊が待っていた。

「シュウちゃん、ぼくパパに逢いに行ったの!凄く優しかったよ!オムライスも作ってくれたよ!」

はちきれそうな笑顔のあきつぐを柊は抱き上げた。

「そうか、アキは相変わらずだな。」

ふっといつものように鼻で嗤った。

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