業火の果て

□第29章 願い
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社長補佐室のデスクで、瑛は肘を付き顔の前で両手を合わせパソコンを睨んだ。

事態は密かに動いていた。

「私も平和ボケしてしまったのでしょうか。」

思わず呟いた言葉を、祐都は聞きつけた。

「どうかしましたか?」

「……アキはどこですか?」

「また社長室だと思います。俺、呼んできますよ。」

「アキに藤城の件で話があると伝えてください。」

「分かりました。」

祐都はニコリと笑って補佐室を出た。

何が起きたのか、自分には話してくれないのだろうか。

祐都は落ち込んだ。

美桜の結婚式の後、瑛の家を訪れ彼女を抱いたその日から、二人の間に何の進展も無かった。

瑛は淡々とした態度を取り続けていた。

嫌われている訳ではない。

しかし、彼女の中で大きな存在になれないことが、祐都を悲しませた。

「俺のことよりもあいつが問題だ……」

トントンと社長室のドアを叩いた。

中に入ると、デスクに華音はいなかった。

「こっちよ。」

奥のソファーから声がした。

華音が膝枕をして彬従を寝かしつけていた。

「アキ、具合が悪いの?」

「もう何日もちゃんと寝ていないの……」

そっと髪に指を絡めた。

「沙良からまた連絡が来たのか。」

「ええ、逢いに来て欲しいと言われているけど仕事を理由に断っている……」

彬従のやつれた姿を見るのは切なかった。

「瑛さんが藤城商事の件でアキに逢いたがっていたから、起きたら伝えて。」

「藤城ね。」

華音はうなずいた。

トントンとドアを叩く音がした。

「失礼します。こちらにアキさんはいますか?」

麻美が顔をのぞかせた。

「ええ、いるわ。」

「あの……また息子さんが……」

言い辛そうに麻美は言葉を切らした。

「どうぞ、社長室に通してね。」

頭を下げ麻美は出て行った。

「もうあの子をアキに逢わせない方がいい!」

祐都は憤った。

「アキだってまともな神経じゃ居られなくなるよ!」

「でも、アキが逢いたいって言うのよ……」

目を伏せ華音は彬従の頭を撫でた。

「んっ……」

彬従が目を覚ました。

「大丈夫か?」

祐都が覗き込んだ。

「……少しクラクラする。」

起き上がったものの、華音に寄りかかり目を閉じた。

「無理するなよ。」

「大丈夫。ヒロトは心配性だな。」

フルフルと頭を振り、目を覚まそうとした。

「パパ!」

あきつぐが葵と共に部屋に入ってきた。

「華音ちゃんも居るんだ!」

嬉しそうに二人の間に座った。

「パパ、どうしてママに逢いに来てくれないの?」

「ごめん、今仕事が忙しくて行けないんだ。」

「そうなんだ……」

悲しそうにあきつぐはうつむいた。

「次の日曜日には逢いに行くよ。」

「ホント?」

「ああ。」

「良かった!」

あきつぐは父親に飛びついた。

祐都と華音は心配そうに目を合わせた。

「失礼します。」

突然部屋に入ってきた瑛が、あきつぐを父親から引き離した。

「あきつぐさま、ここはお子様の遊び場ではありません。お父様の大事な仕事場ですよ。」

「瑛さま!」

葵は驚いた。

「ここにいらっしゃったのですか!突然いなくなって、皆があなたの心配をしていたんですよ!」

「ごめんなさい。不義理をしてしまいました。」

瑛は頭を下げた。

あきつぐは振り返り瑛を見た。

ひざまずき、彼と目線を合わせて、瑛は語り掛けた。

「あきつぐさま、あなたはいずれ天日一族の当主となるお方です。」

ぎゅっと手を繋ぎ、じっと目を見据えた。

「自分の欲望のままに動くのはいけませんよ。」

「……はい。」

目を潤ませあきつぐはうつむいた。

凛とした瑛の姿に祐都は見惚れた。

「私のお世話が至らず申し訳ございません。」

葵はうなだれた。

「出過ぎた真似をしました。私はもう天日家の人間では無いのに……」

「瑠璃さまならきっとお許しになります。私達はいつでもあなたの帰りを待っています!」

しかし瑛は首を振った。

「私は戻りません。ここでアキのために働きます。」

「お姉さん、天日家の人なの?」

手を繋がれたままあきつぐが尋ねた。

「昔、瑠璃さまに可愛がって頂きました。」

「ぼく、お姉さんみたいなカッコいい人大好き!天日の家に戻って来てよ!」

「ありがとうございます、あきつぐさま。」

少年の前で瑛は深々と頭を下げた。

―――誰もがあきつぐの言いなりになっていく……

不意に言い知れぬ不安に祐都は襲われた。

「パパはまだお仕事だからお話はここまでだ。今日は泊まれる?あとで遊ぼう。」

「うん!」

彬従は息子の手を取り立ち上がった。

「アキ、ちょっと……」

素早く瑛が彬従に耳打ちした。

「貞春さんと連絡取れる?」

「もう既に。今日の夜なら空いているそうです。」

*
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