業火の果て

□第31章 父と子
2ページ/4ページ


森の中にある静かな院内は、薬品の混じった独特の匂いが鼻を突いた。

父の彬智は横になったまま息子達を無表情で出迎えた。

病にやつれ、髪は全て白く色褪せてしまったが、顔立ちの美しさも人を魅力する瞳の強さも昔と変わり無かった。

「呼び立ててすまなかった……」

良く通る低い声も昔のままだった。

「お前に逢えと茉莉花がきかなくてね。」

「そうなんだ。やっぱり母娘だね。俺も華音に負けてここに来たんだよ。」

彬従が笑いかけても、彬智はクスリともしなかった。

「仕事は忙しいのか。お前のおかげで会社が立ち直ったと茉莉花が誉めていた。」

「俺は華音を手伝っているだけだよ。」

上滑りする会話に、彬従は苛立ちを覚えた。

―――血の繋がりがあるだけで、親って言われても、心の繋がりは無いんだ……

華音との約束を守って、必死に気持ちを抑えた。

「その子は?」

華音と手を繋いだあきつぐを指差した。

「俺の子だよ。名前も同じあきつぐなんだ。」

「お前にソックリだな。」

「それを言うなら父さんにもソックリだよ。」

「おじいちゃん!」

あきつぐが走り寄った。

「はじめまして!ぼく、おじいちゃんに逢えて嬉しいよ!」

ぴょんとベッドに飛び乗り、ニコニコと笑いかけた。

「元気な子だね。」

「うん!パパに似てるって良く言われるよ!」

「本当に、明るくてにぎやかで、彬従の小さい頃にソックリだ。」

彬智は孫の頬を撫でながらニコリとした。

―――笑った……

父の笑顔を初めて見た。

いや、記憶に無いだけだろう。

いつからか、父と母の言い争い憎み合う姿しか覚えてはいなかったから……

彬智は優しい笑顔を浮かべ、あきつぐのおしゃべりに聞き入っていた。

彬従の肩からガクリと力が抜けた。

振り向くと、華音も呆然と涙を流していた。

―――同じことを感じているんだ……

華音への愛おしさが湧き上がった。

ふと横を向き、彬智は穏やかに話し掛けた。

「華音、彬従達を連れてきてくれてありがとう……」

「彬智おじ様……!」

ワッと泣き出した華音に彬従は寄り添った。

「はじめまして、彬智おじ様……」

華音の後ろで戸惑っていた詩音がベッドに歩み寄った。

「詩音か……初めてじゃないだろ?」

「でも、おじ様とちゃんとお話するのは初めてよ。」

「そうだったな。私が高塔の家にいた頃、詩音はまだ小さかったから。」

「おじ様に逢って、言いたいことがあったのよ。」

「何だい?」

「私のお父さんになってくれてありがとうございます……」

詩音は泣き崩れた。

ベッドから手を伸ばし、彬智は詩音を抱き寄せ、背中を優しく撫でた。

「お前には何もしてやれなかった。ありがとうなんて言葉はもったいない。」

「私は生まれてきて、トキに出逢えただけで十分に幸せです……」

彬智は何も言わずにぎゅっと詩音を抱きしめた。

「すまないが、彬従と二人だけで話をさせてくれないか?」

華音はうなずき、あきつぐと詩音を抱きながら病室を出て行った。

「最期にお前に逢えて嬉しかった……」

やせ細った腕を彬従に向けて伸ばした。

誘われるように彬従は抱き寄せられた。

「お前にずっと謝りたかった……」

父は静かな声でそう言った。

「あんな修羅の家でお前を育てて申し訳なかった。」

彬従は無言で父の言葉に耳を傾けた。

「梢子は……お前の母は私を強く愛してくれた。しかし、私は英梨花を忘れることが出来ず、梢子の愛に応えられなかった。」

「子供の頃の俺は、自分の家が大嫌いだった。いがみ合う父さんと母さんがいなければいいと思っていた……」

彬従はぎゅっと目を閉じた。

「ケンカを聞きつけて俺を慰めてくれる華音の存在だけが俺を生かしてくれたんだ。」

彬智は悲しげに目を伏せた。

「華音は優しい子だ……あの子の両親も不仲だったと言うのに……」

彬智は息子の頬を撫でた。

「お前を幸せにしてやれなくてすまなかった……お前の笑顔が見たかった……」

「今なら分かるよ。父さんの気持ちも、母さんの気持ちも……」

涙が一筋彬従の目から零れ落ちた。

「俺こそ、父さんに逆らってばかりでごめん。」

目の前の父親が微笑んだ。

「俺は今、父さんの笑顔が見れて幸せだよ……」

笑おうとした。

しかし無理だった。

彬従は父に抱きかかえられ、流れる涙を止めることが出来なかった。



廊下で待っていた華音は、彬従を見るなり飛びついた。

子供の頃のように全身で彬従を慰めた。

「ありがとう……華音……」

彬従はしばらく泣き崩れた。

「父さんが華音と詩音に話があるそうだ。」

それだけやっと伝えてベンチに座り込んだ。

*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ