業火の果て
□第32章 果てなき焦土
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柚子葉の言葉に彬従は耳を傾けた。
「あれからいろんな人に助けられてきた。華音やミセツさんのように優しい人達に支えられてきた。」
「ユズ……」
そばにいた美雪が柚子葉を抱きしめた。
「これからは私が華音を支えていく。あの子が辛い思いをしないように……」
「華音を頼む。君と華音は似ているよ。意志の強い所が……」
彬従は目を潤ませた。
美雪は玄関まで彬従を見送った。
「ミセツさんも元気でね。華音とユズをお願いします。」
「私はあの二人みたいに強くないから!年上なのにむしろ支えられているわ……」
いつもの人懐こい笑顔を浮かべた。
「貞春さんのことも頼みますよ。」
ちょっと困った顔になり、美雪はうつむいた。
「私はいつも心が弱った時に人を好きになるみたい。前の旦那もシュウ君も……ヒロトも……」
「誰でも誰かの支えが必要なんですよ。」
彬従はポンと肩を叩いた。
「貞春さんって強い人よね。」
「ちゃらんぽらんな癖にね!」
「私ね、貞春さんには強い私を好きになって欲しいんだ。あの人を支えられるような……」
顔を上げ、美雪は彬従を見つめた。
「なんて言いながらまたホテルの経営を手伝ってもらうんだ。貞春さんが抜けてからあっという間に売上が落ちてしまって……私は経営者には向いていないわ。」
「だから貞春のオッサンは俺に仕事を増やすなってゴネていたのか!」
可笑しそうにクスクスと彬従は笑った。
クリスマスの前日、彬従は息子へのプレゼントを持ち、天日家を訪れた。
その帰りに天日財閥の本社に足を運んだ。
既に自分の顔が知れ渡り、入口の警備員から社員までが恭しく応対してくれることに驚いた。
最上階で瑠璃が出迎えた。
「いらっしゃい彬従。」
妖艶な美貌は以前から少しも衰えていなかった。
「長い間、娘さんに辛い思いをさせて申し訳ありませんでした。」
「いいのよ。沙良の強欲が招いたことだもの。結果的にあなたを天日に迎え入れることが出来たわ。」
コロコロと美しい笑い声を上げた。
「これからよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。あなたと孫の彬従が将来の天日一族を支えていくのよ。」
「その前にお願いがあります。」
彬従は笑みを消した。
「長谷川凉を赦して下さい。あいつは今でもあなたの命令には逆らえない。」
「ええ構わないわ。あなたが天日にいてくれる限り。」
「俺は瑠璃さまに従います。」
彬従は深々と頭を下げた。
「その言葉、一生忘れないようにね。」
またコロコロと瑠璃は笑った。
「もう一つ、お願いがあります。」
下げた頭をスッと持ち上げ、彬従は瑠璃にニコリと微笑みかけた。
一つ下の階にある、総裁室を訪れた。
「よぉ。」
けだるそうに柊は窓辺にもたれていた。
「バカやろう。なんでわざわざ地獄の炎に自ら飛び込むような真似をするんだ。」
「それはお互い様だろ?」
彬従はデスクに座った。
「役員会で決まることだけど、今日から俺が天日財閥の総裁に就く。シュウ、お前はクビだ。」
驚いた柊は彬従を睨みつけた。
「ふざけるな!どんなにお前が優秀でも、出来ることと出来ないことがあるんだぞ!」
柔らかな総裁の椅子に深く腰を下ろし、彬従は柊を見つめた。
「今までありがとう……お前が影から高塔財閥を支えてくれていたのは分かっているよ。」
傾きかけていた会社に有利な条件で次々と顧客が増えて行った。
藤城商事の件を調べる内に、全てが天日財閥と関係のある企業だと知ったのだ。
「それが徒になったがな。瑠璃さまに逆手を取られ、高塔の首を絞めるくことになってしまった。お前はそれを回避するために総裁になるんだろ?」
「攻撃は最大の防御だからね。」
足で蹴りくるりと椅子を回した。
「ところで俺の今後はどうなるの?北海道でジャガイモ作りか?」
「シュウにピッタリの仕事がある。ベビーシッターだ。」
「バカかお前は!」
柊は激怒した。
「一人の男の子の面倒を見て欲しい。その子のママによるとそいつは奇跡の子供なんだとさ。パパが不妊症で何億分の一の確率で妊娠したんだ。」
「どういうことだ……」
「写真見る?可愛いぜ。女にモテモテのくせに俺には絶対笑わないんだ。」
携帯電話をかざしてみせた。
彬従の手から奪い取り、目を見開いて柊は写真を見つめた。
母親と赤ん坊が写っていた。
「1才になったばかりで、もう一人で歩くんだよ。名前は最相蓮、ママは柚子葉。パパはお前だ、シュウ。」
彬従はニコリと笑った。
「なんで今まで黙ってた!」
柊は真っ赤になった。
「ユズが教えるなって言ったんだよ。つーかお前のうろたえる姿を初めて見るな!」
アハハと声を上げ、彬従は笑った。
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