業火の果て

□第32章 果てなき焦土
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長い髪を無造作に束ねた黒縁メガネの男はマジマジと華音に見入った。

「待ち切れなくて、説得に行くつもりだったよ。」

メガネを外し、流れる涙をぐいっと拭った。

―――キレイな人。ギリシャ彫刻みたい。

華音はドキドキと見惚れた。

「ユウタ君はアキやヒロトの親友なのに、話すのは初めてね。」

「大学の時、一度お茶したことはあるけどね。」

突然大神はクスクスと笑い出した。

「アキが逢わせなかったんだよ。あいつヤキモチ妬きだろ?俺が華音に惚れたら困るっていつも言っていた。」

「華音のことになるとアキはバカばっかりやっていたな!」

祐都も可笑しそうに笑った。

「だけど初めて逢う気がしない。アキからいつも君の話を聞かされていたから……」

大神は懐かしそうに目を伏せた。



大神の診療が終わるまでしばらく待ち、応接室で再び顔を合わせた。

大神は山のようなカルテを持ってきた。

「君が決心してくれて本当に嬉しいよ。」

「ごめんなさい、引き継ぎもあったから……」

「会社の方は大丈夫?」

「ヒロトに任せることにした。他にもアキが託した人達に支えられている。私は不妊治療に専念させてもらうわ。」

華音はしんみりと笑みを浮かべた。

「私にも奇跡は起きる?アキの子供を抱くことは出来る?」

「アキから聞いていないの?君の妊娠は奇跡じゃないよ。もっと可能性は高いはずだ。」

大神はあっけらかんと言い放った。

「知ってる?アキが華音と同棲を始めた理由。君の身体の具合を調べたかったんだってさ。毎日体温を計らせていただろ?」

「ええ、うるさいくらい……でも面倒くさいから辞めてしまったの。」

「あいつ、こっそり計っていたよ。毎朝君より早く起きて、体温を計りながら寝顔を眺める時が一番幸せだって言っていた。」

「そんな……」

華音は呆気にとられた。

おはようと彬従のキスで起こされる毎日が当たり前だった……

「俺達は大学時代から君の妊娠の可能性を調べていた。過去の診療記録も手に入れた。」

華音と祐都は思わず顔を見合わせた。

「まだ推論でしか無いが、君の伯母さんと君の症例が似ていたため、当時の担当医が診断を過ったと思われる。きちんと治療を施していれば君は妊娠が可能だったはずなんだ。高校に入ってから通院も中断しているだろ?」

大神はカルテをめくり、淡々と説明を続けた。

「もちろん、通常の妊娠は不可能だ。体外受精をし、その受精卵が母胎で育つかは検査してみなければまだ判断が付かない。」

胸のネックレスを華音は握りしめた。

かつて彬従がくれたもので、一度壊れたが修理してお守り代わりにしている。

「女性にとっては辛い治療になるとは思う。でも俺がいる。そしてこの分野の第一人者である椋守教授も助言してくれる。君を支えて行くよ。」

大神の瞳は優しかった。

「アキは俺に宝物をくれた。大学に入るまで俺は友達もいず家族とも不仲だった。だけどあいつと知り合って一生の友が出来た。ヒロトも鳴瀬も安藤も、フットサルや学部の仲間も大切な存在だ。家族とも和解した。この病院でやっていけるのも、アキと知り合ったおかげなんだ。」

美しい頬にまた涙が流れた。

「だからアキに恩返しがしたい。あいつの宝物である君の子供を抱かせてやりたいんだ。」

「ユウタ君、お願いします。私は何でも耐えてみせる。アキを取り戻すために……」

華音は大神の手を取った。

彬従に似た大きな手だった。



忙しい大神は休日を華音の治療に当てると言った。

華音は遠慮したが、大神は断固として早期の治療を勧めた。

「アキに君の子供を早く抱かせてやりたいよ。」

大神は嬉しそうに微笑んだ。



大神と別れ、華音と祐都はしばらく呆然とした。

「なあ、俺達って一生アキに振り回され続けるのかな。」

祐都はプッと吹き出した。

「ヒロトもそう思った?私もよ!」

華音も釣られて笑顔になった。

「華音に治療を受けさせるために、わざと天日に行ったのかな。」

「私が頑固に拒否しなければ良かったのよ……」

一筋涙が零れ落ちた。

「会社のことは任せてよ。凉さんがアキの穴を埋めてくれる。貞春さんも智也さんも自分の会社を経営しながら俺達を支えてくれる。」

祐都は華音の肩を抱いた。

「詩音も高校に通いながら手伝ってくれる。まるでアキのようだよ。本当に優秀だ。」

「詩音には頭が上がらないわ。」

「安心してユウタを頼りなよ。あいつはずっとアキと華音のために努力してきたんだ。」

「ありがとう。ヒロトがいるから私は踏み出せた。」

「いつか俺と瑛の子供と、アキと華音の子供が一緒に遊ぶ日が来るといいな。」

華音は祐都と手を取り合い、笑顔で未来を見つめた。

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