業火の果て
□第4章 別離
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「いい加減決めてくれない?お前が進路調査票出せばクラス全員終わるんだから。」
職員室に彬従を呼び出し、緑川は詰め寄った。
「まだ迷ってるんだよ。」
「なんで急に県外の高校に行く気になったの?」
「別にいいじゃん、理由なんか。」
彬従と緑川は睨み合った。
「いつまで生徒のわがままに振り回されているんですか、緑川先生は。」
横から生徒指導の榎倉が口を挟んだ。
「吉良も幼稚な真似は辞めろ。いくら成績が良くても決まりを守れない奴はまともな人間になれないぞ!」
「吉良にはちゃんと考えがあるんです!駄々をこねてますけど。」
言い返そうとした彬従を瞬時に制して、緑川が盾になった。
「先生のクラスは揉め事ばかりですね。しっかり指導してくださいよ。」
榎倉は見下したように言い放ち、そばを離れた。
緑川は彬従を連れ出した。
「ミドりんごめん、俺のせいだ。」
「あの人に何言われたって気にしないさ。いいよ、とことん悩めよ。俺で良いなら付き合ってやるから。」
「ミドりんの方が榎倉よりよっぽどまともな人間だよ。」
「だったらミドりんって呼ぶのは辞めろよなぁ。」
緑川はブスッとした。
体育館の入口で腰を下ろすと、緑川はタバコに火を付けた。
彬従は緑川の横に腰を下ろした。
「とりあえず県外の高校に行く。でも、あんまり遠くに行きたくない…逢いたいって言われたらすぐに帰ってこれるように…」
「未練があるなら無理に家を出なくてもいいんじゃない?ヒロトや高塔と離れることになるんだから。」
緑川は煙をふーっと吹きだした。
「ずっと一緒にいたい。でも、ここにいたら俺のやろうとしていることはきっと出来ない。」
真っ直ぐ前を見つめる彬従は、いつもの彼とは違っていた。
「アキは勉強も運動も抜群に出来るし、その上超イケメンだし、羨ましい限りだよ。なのにそこまでして何がしたいの?」
「運命を変えたい、なんちゃって。」
彬従はわざとヘラヘラと笑った。
「お前の学力なら、どんな名門進学校でも余裕だよ。自分が間違ってないと思うなら、堂々と挑んでみなよ。」
子供のように素直に彬従はうなずいた。
「ミドりんが今年も担任で良かった。」
「だからミドりん言うな!」
彬従は気にせず「アハハ」と笑った。
「少しはバスケ部の練習に顔出してよ。ミドりんって学生時代MVP穫るほどすげぇ選手だったんだろ?」
「やだよ、お前ら絶対ばかにするから。」
「いいじゃん、付き合ってよ。てかなんで先生になったの?」
「ずっとプロのバスケ選手になるのが夢だったんだけどね。大学1年の時に大怪我して、選手としての人生が終わったんだ。それで別の大学に入り直して教師を目指したんだ。」
緑川はフフッと笑った。
「だから、お前の運命変えたいって気持ち、分からなくは無いよ。」
「ミドりん意外と根性あるね。」
「でもちょっと後悔してる。ちっとも言うこと聞かないガキの相手ばっかりしてるとよぉ。」
「とりあえず、夏の大会目指して俺達のこと鍛えてよ!」
「いいけど、俺バスケに関してはスパルタだぜ?泣きを見るぜ?」
「いいんじゃない、それで!」
彬従と緑川は笑い合って体育館に向かった。
長いブザーが鳴った。
県大会の決勝戦で、彬従達のチームはわずかに及ばす敗退した。
「ケイタ、マコト、整列するぞ。」
彬従は泣き伏す仲間に声を掛けた。
相手チームの勝利を讃えて握手を交わし、選手達はベンチに戻った。
監督の緑川が誰よりも号泣していた。
「なんだよミドりん、メグより泣いてるじゃん!」
祐都が涙ぐみながらからかった。
「決勝戦まで来れたのは奇跡だと思ってたけど、お前らの頑張り観てたら勝たせてやりたかった!」
「ここまで来れたのはミドりんのおかげだから!」
「来年は絶対全国に行ってよ!」
「来年じゃ、先輩達いないじゃないですか!」
慎も直人も泣き出した。
「俺達の分もミドりんに鍛えてもらいなよ!」
「俺が絶対全国に行かせてやるからな!」
緑川はまたワァワァと泣いた。
「世話焼けるよ、先生のくせに!」
皆が緑川を囲んで慰め、その輪に笑顔が戻って行った。
試合を終えた彬従をいつもより大勢の女の子達が取り囲んだ。
皆が彬従を慰め励ました。
華音は離れた場所から見守った。
彬従の目に涙は無く、笑顔で応対していた。
ふと顔を上げ華音を見つけた途端、周りを振り切るように走り出し、華音に飛びついた。
「アキ……お疲れ様。」
「うん。」
「アキ……凄くカッコ良かったよ。」
「うん。」
「アキ……泣いてもいいよ。」
「……うん。」
華音の肩に顔を押し付けたまま、彬従はいつまでも動こうとはしなかった。
華音は頬ずりし、優しく背中を撫でた。
女の子達は遠巻きに華音を羨ましがった。
*