業火の果て

□第5章 開幕
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夏の始めの蒸し暑い日だった。

彬従は駅のコンコースでもう30分も待ち侘びていた。

「さすがに気合い入れ過ぎたな…」

汗を拭きながら苦笑した。

夏休みを利用して、華音と祐都、恵夢が彬従の住む街に遊びに来るのだ。

移動中の列車の中から3人は次々メールを送ってきた。

楽しそうな様子が添付された写真から伝わって来る。

ピースしたり、駅弁の卵焼きをかじる華音が可愛くて、彬従は何度もメールを眺めた。

―――早く会いたい…

華音に逢うのは中学を卒業して以来だった。

また新しいメールが届いた。

恵夢からのメールには「駅に着いたよ!」という件名と写真が載っていた。

笑顔の華音とそれを邪魔するように祐都が写っていた。

「ヒロトうざいよ。」

思わず独り言を呟いた。

「可愛い子ね!彼女?」

突然耳元で囁かれ、彬従は飛び上がるほど驚いた。

もっと驚いたことに、声の主は自分と同じ年くらいの目を見張るほどの美少女だった。

「びっくりさせてごめん。ずっとそばにいたのに、あなた携帯に夢中で気がつかないんだもの。」

少女はニコリと笑った。

「待ち合わせ?」

「そう、友達が遊びに来るんだ。」

見ず知らずの人に声を掛けられることがよくある彬従だったが、少女を前にして落ち着かなかった。

それほど少女は美しかった。

それだけではない、甘い香りが彬従を捉え、身体がゾクゾクと痺れた。

「その制服、もしかして洛應高校?」

「そうだよ。」

「しかも三群なんだ。賢いのね。いとこも通っているのよ。」

少女は品定めをするように鋭く見つめた。

いつもなら適当に話を合わせて済ませるのだが、この少女には全てを見透かされそうな気がした。

「アキ、お待たせ!」

祐都が走り寄ってきた。

「アキって名前なのね。」

「君は?」

「私は沙良よ。」

沙良はニコリと笑った。

「また逢える?」

「多分ね。」

「楽しみにしてるわ。」

沙良は手を振って彬従を見送った。

「誰?」

「知らないよ、ナンパされた。」

「相変わらずモテるなぁ。だけど、めちゃくちゃ綺麗な子だな。クールビューティーか。」

祐都は冷やかした。

「それより、あの子はヤバい。」

「何が?」

「そばにいたら血が騒ぐ。ヤリたくなる。」

「ヤリたくなるってマジな話?」

「華音には言うなよ。」

祐都は眉を寄せた。

「なんだよいきなり!華音に逢うの楽しみにしてたんじゃないのかよ?」

「待ちくたびれたくらいだよ!」

彬従はムッとして口を尖らせた。



「沙良、探したよぉ!今までどこにいたの?」

沙良の双子の妹、由良がプクッと頬を膨らませた。

「由良のお買い物長いんだもの。」

「沙良もファッションに興味持ちなさいよ。」

「いいよ、由良の選んだ服で。それより素敵な男の子を見つけたからストーカーしちゃった。」

「沙良が男の話をするなんて珍しい。」

一緒にいた柊がからかった。

「その子、シュウと同じ洛應高校の一年三群に通っているの!」

「沙良が気に入るなんて、どんな奴なんだ。」

「アキって名前だった。知ってる?」

「外部クラスに確かアキって呼ばれてる奴がいる。」

柊が答えた。

「三群って東大とか医学部とか目指す子が入るのよね。」

由良は目を丸くした。

「高校からの編入は中学から入るよりかなり難しいはずだ。」

「頭も凄くいいのね。」

「でも彼女がいるみたい。ずっとその子の写真を眺めてたの。」

沙良は残念そうにため息を吐いた。

「運命の出逢いかも知れないから諦めないでアタックしなよ!」

由良はそそのかした。

「そいつのこと、調べてみるよ。俺も興味ある。」

柊がうなずいた。

「分かったら教えて。もう一度逢いたい。」

「ずいぶん惚れ込んでるね。」

皮肉混じりに柊が言った。

「そうよ。あれほど極上の男の子をみすみす他の女の子に渡さないわ。」

沙良はうっとりと目を細めた。

「俺はどうするの?」

柊は沙良のあごを指先で持ち上げた。

「シュウは特別よ!もちろん愛してるわ。」

柊の手を引き寄せると、沙良は唇を重ねた。

「弄んでくれるね。他の男が気になっているくせに。」

「ヤキモチ焼かないの!」

額をパチンと指で弾き、沙良は悪戯な笑みを浮かべた。



華音達はバスに乗り、彬従の住む男子寮に向かった。

「遠くまで来てもらってごめん。俺のクラス、特別講習で夏休みがほとんど潰れて家に帰れないんだ。」

「いいよ、私達も一度来てみたかったんだ!」

華音は彬従に笑い掛けた。

「ヒロトなんか毎週のように来てるのに!」

恵夢がムスッとした。

「7月は期末テストがあったから3日しか来てないよ。」

祐都は言い返した。

*
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