業火の果て

□第6章 遭遇
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彬従は食堂でぐるりと周りを見回した。

華音が言っていた男は見当たらなかった。

「誰か探してるの?」

同じ部屋の辻が尋ねた。

「うん、背が高くて色白でヴァイオリンが似合いそうな奴。」

「この寮にはいないんじゃない?」

「だよな。」

「なんなのそいつ?」

「華音が迷子になった時、声掛けて来たらしい。」

「華音ちゃん可愛いからな。密かに人気だったぞ。」

「いろいろ天然だけどね。」

「お前らあんな濃厚キスしてて、離れて暮らして寂しくないの?」

「寂しいに決まってるよ。」

彬従は思い出してどんよりとした。

「アキ、元気出せよ、遠距離恋愛がんばれ!」

辻は気の毒そうに励ました。



研修が始まって一週間が経った。

覚えなければいけないことが多く、更に馴染みのない事ばかりで思っていた以上に辛い日々だった。

帰りは会社の車で送ってもらい、華音は家に着いた途端ため息を吐いた。

―――アキに逢いたい。

今までならすぐに彬従の元に駆け込み、愚痴が言えたはずだ。

玄関の横に見覚えのある制服姿の人影を見つけ驚いた。

「アキ?」

しかし、暗がりから現れた少年は彬従ではなかった。

「こんばんは。」

寮でキスされたあの少年だった。

「あなたが何故ここにいるの?」

「君に逢いたくて、来ちゃった。」

「どうやって私の家が分かったの?」

「237号室のアキ君を調べていて、そこから君にたどり着いたわけ。」

「何のために?」

「君が凄く可愛かったから、もう一度逢いたくてじっとしていられなかったんだ。」

少年は照れもせずそう言った。

本気なのだろうかと疑いながら、ドキドキと華音の胸はときめいた。

「君の生まれた家はこの地方に古くから続く名家なんだね。俺の家もそうなんだ。家のしきたりに縛られて苦労しているんじゃない?」

華音はドキリとした。

「俺は好きなことをしてフラフラしているから、苦労なんて言えないけど。」

少年はフッと嗤った。

「だけど、君みたいな真面目そうな女の子がこんなに遅い時間まで帰らないなんて思わなかったよ。」

「夏休みの間、母の仕事を手伝っているの。」

「大変なんだな。」

労るように少年は微笑んだ。

「自分の意志でしていることだから、大変では無いわ。」

少し強がってみせた。

「いくらなんでも遅いから、また出直してくる。」

「今から駅に行っても列車も無いわ。」

「ホテルにでも泊まるよ。」

少年はニコリと笑った。

「都会と違うから泊まれないかも!」

「そしたら野宿でもするさ。」

「ウチに泊まったら?」

「君は無防備過ぎるね。」

少年はくるりと背を向けた。

「あなたの名前を教えて!」

「俺はシュウ。比江嶋柊。」

「私は高塔華音。ウチなら本当に泊まっても平気よ。」

「心配してくれてありがとう。また今度前もって約束してからくるよ。そうだ、メアドと携帯の番号を教えて。」

柊は自分の携帯電話を差し出した。

「でも……」

「俺と連絡が取れると、きっとこれから役に立つよ。」

突然心を動かされ、華音は携帯電話を取り出してメールアドレスと電話番号を交換した。

「連絡するからね、華音。」

柊は不意に顔を近づけ、また頬にキスをした。

「君、処女じゃないのか。男の匂いがする。」

「なんでそんなこと分かるの?」

華音は顔を赤らめた。

「君って素直だね。今のはカマを掛けただけさ。また逢おう。」

可笑しそうにクスッと笑うと、暗い夜道を柊は歩き去った。



寮の部屋で友達といつものように喋っていると、携帯電話が震えた。

通話した途端に華音の興奮した声が飛び込んだ。

「アキ!アキっ!」

「どうしたの?」

「ヒエジマシュウだって!」

「何の話?」

「だから、寮で逢ったヴァイオリン君よ!」

「ヒエジマシュウって名前なの?どうして分かった?」

「シュウ君がうちに来て、話をしたの。」

彬従は電話を握り締めたまま、華音の話を理解するまでしばらく凍りついていた。

周りにいた友達は何事かと聞き耳を立てた。

「俺と同じ学校の奴が、なんでこの時間にお前に逢えるの?」

「私に逢いたくて来たんだって!」

「そいつはまだいる?」

「もう帰ったよ。」

「お前今どこ?家の中?外?」

「玄関の前。」

「じゃあ、まず家に入って鍵をかけて、部屋で着替えたらまた電話して!」

彬従はガンと容赦なく電話を切った。

「今の誰から?」

辻が尋ねた。

「華音からだよ……なあ、ヒエジマシュウって知ってる?」

「確か一年三群の内部クラスにいるよ。」

同じクラスの広瀬が答えた。

「背が高くて色白でヴァイオリンが似合いそうな奴?」

*
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