業火の果て

□第13章 陰る日輪
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唇に指を当て、彬従の残した感触を華音は何度も思い返した。

柔らかい、優しい、それでいて熱いキス…

偶然の再会はほんの少しの言葉を交しただけで終わった。

―――逢いたい…声が聞きたい…もっと…もっと!

我慢してきた感情があっという間に押し潰される。

元の気持ちに戻るまでまた果てしない努力が必要だと言うのに…

その時、鞄の奥に隠し持っている携帯が震えた。

慌てて鞄の中から取り出し、着信表示を見て驚いた。

「シュウ君!」

「……元気?」

「私は元気よ!シュウ君こそどうしたの?」

「何が?俺は変わりないけど。」

「シュウ君が居なくなったって、アキと沙良ちゃんか由良ちゃんのどっちかが探しに来たのよ!」

柊が電話の向こうで息を飲み込んだ。

「今どこにいるの?」

「…君の家の隣りだよ。アキのベッドの上。」

「すぐに行くから待ってて!」

華音は彬従の家の鍵を掴み、飛び出した。



勝手口を開けると全くの暗闇で、人の居る気配などまるで無かった。

華音は明かりを次々点けながら彬従の部屋に向かった。

「よぉ。」

ベッドにゴロンと横たわり、確かに柊がいた。

「どうしてここにいるの?」

「ある人を捜していたんだ。その間、勝手に泊まらせてもらってた。」

「アキ達が心配しているから連絡してあげて。」

柊は答えずに、「んー」と伸びをした。

「その人は見つかったの?」

華音はベッドの端に座った。

「相変わらず無防備だね。」

伸ばした手で華音をベッドに引き倒し、身体を重ね合わせた。

「俺が何もしないと思う?」

華音は驚いたように目を見開いたが、抵抗はしなかった。

「シュウ君は何もしないわ。」

「信用されてるんだな。俺だって男だぜ。」

クククっと柊は笑った。

「どうしてそんなに傷ついているの?私でいいなら話を聞く。」

華音は柊の頭を胸に抱え込んだ。

「なんで俺に優しくするの?」

「シュウ君は友達だもの…」

「アキにも同じことを言われたよ。」

柊は華音の胸を弄り服の上から唇を這わせた。

「柔らかくて気持ちいい…アキが夢中になるの分かるよ。」

柊の吐息が徐々に熱を帯び、胸を弄っていた手が腹から下に伸びた。

「アキの代わりに抱いてやろうか?」

「アキの代わりは要らないわ。」

華音はそっと柊の手を押さえた。

「シュウ君のこと、話して。」

サラサラした柊の髪に指を通し、華音はゆっくりと撫でた。

「俺……好きな子がいた。由良の友達だった。」

柊は目を閉じ、華音の指先を感じた。

「初めて好きになった女の子だった。彼女に夢中だった。沙良に内緒でいっぱいエッチした。俺、アイツの婚約者だからね。」

華音の手を捉えた。

「だけど付き合っているのがバレて、その後すぐに柚子葉の父親が経営する会社が乗っ取りにあった。」

柊の声は淡々としていた。

「柚子葉の家は崩壊し、彼女は身寄りを無くして行方が分からなくなった。」

華音の手に唇をキュッと押し当てた。

「もう一度逢いたかった…助けてやりたかった…でも俺が逢いに行ったせいでまた天日の奴らに狙われたんだ…もしかしたらもう生きていないかもしれない…」

「シュウ君…」

華音は柊を強く抱きしめた。

「まだ何も分かってないんでしょ?悪い方に考えることは無いわ。」

「アイツらならやりかねない。」

「私が代わりに探して上げる…その代わり、シュウ君はアキを守ってくれる?」

「アキを?」

「アキは人の温もりにびっくりするくらい弱いのよ。両親に愛されずに育ったからかな…」

「いいよ。アキが他の女に堕ちないようにしてやるよ。」

柊はベッドの上でぐったりとした。

「しばらく一緒に居てくれる?ずっと寝ていなかったんだ。」

「眠るまでそばにいる。」

「アキにもそうしていたの?」

華音はふと虚ろな目をした。

「アキはね、いつもこの家で独りきりだった…」

柊は華音の表情を伺った。

「アキの両親は仲が悪かった。お父さんはあんまり家に帰らなくて、お母さんはいつもアキを放置して出掛けていた。」

彼女をそっと抱き寄せた。

「私は毎日夕方になるとこの家を見張っていた。灯りがつかない時は私の家にアキを連れて行った。夜も一緒に眠った。アキが寂しくないように…」

華音は柊を見た。

「今でもこの家の暗闇が怖い。アキの悲しそうな顔を思い出すから…」

「アキが羨ましいよ…」

柊は目を閉じた。

安らかな寝息を立てるまで、華音は柊を優しく抱いてやった。

「乗っ取り…」

不意に背筋が寒くなった。

今高塔の子会社の幾つかに仕掛けられている仕手筋の攻防があった。

―――恭弥おじ様に聞いてみよう…

華音は柊の横で目を閉じ、ぎゅっと胸を掴んだ。

*
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