業火の果て
□第15章 風に舞う雪の花
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華音と祐都は列車に乗り、海辺の街に向かった。
打ち合わせを希望した顧客に招かれてのことだった。
この地方で小さいながらも堅実な経営をするホテルチェーンを営む会社だ。
前回、祐都と共に業務改善を提案し、その内容を社長が気に入ってくれた。
今回の仕事も社長から直々の依頼があってのことだった。
彬従の学園祭に行って以来、華音と二人になることは無かった。
向かい合う座席に座り、祐都は気まずさを感じた。
華音はあの時のことを一切口にはしない。
傷ついた華音を慰めたのは柊だった。
彬従に対しても、彼は厳しい態度で臨んだ。
いつの間にか大きくなった柊の存在……
―――俺は何の役にも立たなかった…
自分の不甲斐なさに、祐都は打ちのめされていた。
「お休みの時にわざわざ遠くまで来ていただいてすみません。」
駅で出迎えた社長秘書の岩澤優介は、高校生の華音達を丁寧にもてなした。
「こちらこそ、俺達の予定に合わせていただいてありがとうございます。」
「いえいえ、ウチのオヤジさんがあなた達をエラく気に入ったみたいで、直接逢ってみたいって言うんですよ。」
岩澤は秘書の中でも一番年下で、華音達と年令が近いため、世話役を任命されたらしい。
車に乗り、海辺のホテルへ案内された。
華音は潮の匂いのするエントランスで建物を見上げた。
彬従と一夜を過ごし別れを告げた場所だった。
「ここに来たことがあるの?」
華音の表情に気付き、祐都が尋ねた。
「今年のお正月、二年参りの後で来た……」
華音は目を伏せた。
祐都はすぐにその意味を察した。
「いらっしゃい!お待ちしてました!」
突然、明るく元気な声に迎えられた。
銀色の大きなバイクの横に、黒いライダースーツを纏った女性がにこやかに立っていた。
「優ちゃん、言ってくれたら私も駅まで迎えに行ったのに!」
「ミセツさん、お迎えは俺の役目ですから!」
その人は、スリムな肢体に髪はショートカット、爽やかな少年のようだった。
「こちらは社長のお嬢さんでミセツさんです。」
「風花美雪です。美しいに雪って書いてミセツって読むのよ。あなた達のこと、父から聞いて逢いたかったの。よろしくね!」
美雪は華音と祐都の手を握り、嬉しそうにブンブンと振った。
「はじめまして!お招きありがとうございます!」
華音と祐都もそれぞれに自己紹介した。
「今度のお仕事は、私も参加させてもらうんだ!一緒にがんばろうね!」
「ミセツさん、やっとバイク屋から足を洗うんですか!オヤジさんも大喜びですよ。」
「何言ってるの!本業はバイク屋なの、こっちは飽くまでも副業だから!」
美雪はオートバイの整備士をしているらしい。
華音も祐都も活気あふれる美雪にすぐに打ち解けた。
華音達が訪れたのは、風花グループが最初に設立したホテルだった。
古風な洋館で、室内の調度品もレトロな雰囲気に統一されていた。
大まかな業務の説明はチーフマネージャーの西堂が担当した。
「ここは父と母の思い出の地なの。」
美雪はホテルの品々を大切そうに扱った。
「そうです。ここからホテルカザバナは大きくなって行ったんです。」
古参の西堂も懐かしそうに目を細めた。
「今、風花グループは分裂の危機に瀕している……」
急に力の無い声で美雪は言った。
「去年の夏に母が亡くなって、気を落としたのか父も病気がちになって…」
華音と祐都は聞き入った。
「父の影響が薄くなったのを良いことに、役員の一部が経営の拡大を図って、大手の企業と提携しようとしている。」
「ミセツさんは反対なんですか?」
「母が残したこのホテルを変えたくないんだ。」
華音と祐都は目を合わせうなずいた。
「私達の力で出来る限りお役に立てるようにします。」
「まずはこのホテルの経営の立て直しよ。あなた達の若い力を借りたいわ!」
美雪は元気よく笑顔を返した。
ホテルの最上階で、美雪の父、社長の泰滋を交えて食事を共にした。
豪華な料理に華音も祐都も目を輝かせ堪能した。
泰滋は温厚な人柄だった。
若い華音達を労り、今度の企画にも期待していると励ました。
―――このホテル全体の人をもてなす温かな雰囲気は、泰滋おじ様の優しさから来るんだわ……
病身の父を気遣う娘の美雪にも、華音はホッと癒された。
食事を終え、明日の予定を聞いて、華音は宿泊する部屋へ案内された。
海側のその部屋からは、海岸に沿う街の灯りが星の河のように見えた。
「こんなにキレイな場所だったんだ……」
*