業火の果て

□第16章 揺さぶり
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「もうアキの彼女だなんて言わない!お願いだからウチに来て!」

沙良が泣き出しそうな顔をして彬従の手を取った。

「分かった分かった!」

学校の前で沙良に捕まり、また友達に冷やかされた。

沙良に逢わずにいようとしたのは、自分の弱さに負けないためだ。

迫られればすぐにキスしてしまう……

だが、天日の屋敷に行けば、経営学や株式の勉強を瑛が指導してくれることが何よりありがたかった。



「ねぇーっ!お勉強ばかりしなくていいでしょ!」

せっかく連れてきたのに瑛に彬従を拉致られ、沙良は不満を爆発させた。

「瑠璃さまのご命令ですから。」

瑛はしれっと答えた。

「アキ、久しぶり!」

由良と柊までやってきた。

「聞いて!ママがアキを私と遊ばせないようにするの!」

沙良が由良に泣きついた。

「瑠璃さまは、アキの才能を見込んで、将来は天日財閥の経営陣に採り入れたいとおっしゃっています。」

「無理ですよ。俺は高校を卒業したら地元の大学に通って医者になるつもりですから。」

「何よアキ!私と離ればなれになっちゃうじゃないの!」

「ごめん……」

沙良は人目も気にせず彬従にむぎゅっと抱きついた。

「華音のお母さんは了解したの?」

柊が腕組みしながら尋ねた。

「ああ……その代わり、大学に入ったらすぐに結婚することになったけどね。」

「相手は誰なのっ!?華音なのっ!?」

「華音じゃないのは確かだよ。だけど、誰かも分からない…」

「そんなこと、許さないから!」

沙良は激怒した。

「アキの意向は伝えておきます。」

「伝えて何かが変わる訳じゃ無いだろ?」

ふっと鼻で嗤い、柊は呟いた。

「天日財閥の経営陣か……その手があったな。」

「何がです?」

「俺もアキの勉強会に参加させて。」

柊の頼みを聞いて、瑛は驚いた。

「それはこちらからお願いしたいくらいです!ですが私では柊さまのお相手は役不足で務まりません。」

あごにすっと指を当て、瑛は決断した。

「瑠璃さまにお願いして、アキも一緒に本格的な講義を受けられるようにします。」

「私も受けたい!アキといたい!」

沙良が立ち上がった。

「畏まりました。沙良さまならご一緒出来ます。」

瑛はニコリとうなずいた。

「私も勉強する!」

由良も叫んだ。

「由良さまには小学校の算数から私がみっちり教えて差し上げます!」

瑛がじろりと睨みつけた。

「いやー!やっぱり辞める!」

由良の悲鳴を聞いて、皆が笑い声を上げた。



「華音ちゃん、お疲れ様!どう順調?」

打ち合わせを終えた華音に、美雪が話しかけてきた。

「まだまだ分からないことだらけでご迷惑おかけしますけど…」

「華音ちゃんが一生懸命やってくれるからみんな喜んでるわ。」

誉められて、華音は思わず笑顔になった。

「今日はヒロト君はいないのね。」

「はい。田村さんと別件で他の場所に行ってます。」

「あなた達仲がいいから恋人同士かと思っちゃった!ホントに付き合ってないの?」

美雪はニコニコと追求した。

「違いますよ!」

華音は全力で否定した。

「そうそう、華音ちゃんが紹介してくれた柚子葉ちゃん、凄くいい子で助かったわ!」

ホテルカザバナの求人の貼り紙を見かけ、華音は美雪に頼んだのだ。

柚子葉はすぐに採用された。



厨房に行くと、夕食の準備のため、柚子葉がテキパキと働いていた。

「ユズちゃん!」

華音の声を聞きつけ、振り返った柚子葉は嬉しそうに走り寄ってきた。

「華音!久しぶり!」

「元気そうで良かった!お仕事はどう?」

「凄く楽しい!みんな優しくしてくれるし。華音のおかげよ!」

柚子葉はぎゅっと華音に抱きついた。

「人手が足りないから、ユズちゃんにはいっぱい働いてもらってるの。仕事の出来る子で助かるわ!」

美雪に誉められ、柚子葉は照れたように頬を染めた。

「ユズちゃん、黒髪にしたのね。」

「黒く染めたの。長い間ブリーチしていたから色が抜けて傷んでいるけど、元々は真っ黒なのよ。早く元に戻したい。」

―――シュウ君が好きだったのかな…

ふと華音は彼の顔を思い浮かべた。

「時間がある時は、夜間の定時制高校に通わせてもらっているのよ。ご飯も頂けて、おうちにすきま風も入らないし、凄く幸せ!」

柚子葉の笑顔は華音の心をきゅんと掴んだ。

「ユズちゃん、これお願い!」

「はい!じゃあね、今度ゆっくり話そうね!」

そう言って、またテキパキと仕事に戻って行った。

「ミセツさん、ありがとう!ユズちゃんが楽しそうで良かった!」

「こちらこそ!でもあんなに辛い身の上で、明るくしていられるって頭が下がるよね…」

美雪は小首を傾げて、柚子葉の働きを見守った。

*
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