業火の果て
□第18章 熱い夏
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その知らせは突然もたらされた。
昼休み、食事を終えて戻ると、コンサルティング事業部の室内が騒然としていた。
「何かあったんですか?」
一緒に仕事をしている谷口に尋ねた。
「風花グループが合併を発表したんだ。」
華音は青ざめた。
「そんな……経営も立て直して業績も上向きになっていたのに!」
慌てて祐都を探した。
彼は田村と顔を突き合わせ話し込んでいた。
「ヒロト!どうなってるの?」
「詳しいことはまだ分からない……」
祐都も暗い表情だった。
「ミセツさんと連絡とれる?」
「電話してみる。」
「泰滋社長が倒れたらしい。」
目の前が暗くなり、クラクラと足元が揺れた。
さっと祐都が支えた。
「しっかりしなきゃ。大変なのはミセツさんなんだから。」
祐都の腕をぎゅっと握り、華音は立ち直った。
夜遅く、美雪から電話があった。
「ごめんね、こんな時間に……」
「いいえ、ミセツさんこそお忙しいのに電話ありがとうございます。お父さんの具合はどうですか?」
「集中治療室に入ったままなの……」
「どうして突然こんなことになったんですか?」
「役員の何人かが買収企業に取り込まれたの……ウチが持っていた株も手放すことになってしまって……あっという間のことだった。」
元気で明るい美雪とは思えない、落ち込んだ声だった。
そばに行きたい。
励ましたい。
華音は携帯電話を握りしめた。
「シュウ、黒いネクタイ持ってない?」
彬従がドアを開け尋ねた。
「ん?あるよ。葬式でも行くの?」
「ホテルカザバナの社長さんが亡くなったんだ。」
クローゼットを開けた手を止め、柊はハッと振り向いた。
「華音がお世話になった人だから俺も行ってくる。娘さんのミセツさんにもよくしてもらったんだ……」
「俺も一緒に行くよ。」
何故と思いはしたが、彬従はうなずいた。
葬儀会場に着くと、故人を偲んで多くの弔問客が訪れ、嘆き悲しんでいた。
一度だけ逢って話した温和な人柄を彬従は思い出した。
喪服を着た華音は祐都と待っていた。
彬従を見るなり走り寄り胸にすがりついた。
「華音、大丈夫?」
「私は……平気。」
「突然だったの?」
「病気は前からのことだったそうよ……」
ハンカチを顔に当てて、華音は嗚咽を堪えた。
「風花グループが乗っ取りにあったんだ。信頼していた役員の大半が相手側に付いてしまった。それが原因で急に容態が悪くなったらしい……」
祐都の目も赤く腫れていた。
そしてキッと冷たい視線を柊に投げかけた。
―――ヒロトは知っているのか……
柊はふと目を逸らした。
焼香を済ませ、親族に挨拶した。
美雪は華音達に気付き、コクリと首を振り笑顔を返した。
彼女の横には社長秘書の岩澤優介がいて、しっかりと支えていた。
従業員達も次々焼香に訪れた。
泣き崩れる柚子葉の姿を見つけ、華音はハッとした。
振り向き柊を見ると、彼も柚子葉に気付いていた。
「華音!」
柚子葉が走り寄り抱きついた。
優しく撫でて華音は彼女を慰めた。
「ここにいたのか……」
柊の呟きを耳にした柚子葉は怒りを露わにした。
「またあなたなの?あなたが風花の人達を陥れたの?」
柊は無言で凍りついた。
「私の時と一緒だわ!家族も財産も奪われて、ミセツさんがどうなるか分かっているの?何故人の幸せを平気で奪うの?」
「ちょっと待ちなよ!」
彬従が思わず制止した。
「何の話か分からないけど、一方的にシュウを責めるなよ!」
柚子葉は不意に顔を歪めた。
「いいんだ。柚子葉の言ってることは本当なんだ。風花グループのことも、柚子葉の家のことも、全ては俺が発端なんだ。」
静かに柊は目を閉じた。
柚子葉は華音の手をそっと外し、走り去った。
「ユズ!」
追いかけようとした華音を彬従が止めた。
「ごめん……俺はここに来るべきじゃなかった。」
くるりと背を向け、柊は歩き出した。
「あの二人に何があったの?」
事態の飲み込めない彬従は柊の後ろ姿を眺めるばかりだった。
「どうして元には戻れないの……」
華音はそっと呟いた。
数日後、華音と祐都は美雪の家を訪れた。
立ち退きの決まった家の中は、引っ越し荷物で埋まっていた。
「今度のアパートちっちゃいから、ほとんど捨てなきゃいけないんだけど片付けられなくて。」
美雪はわざと明るく笑った。
「お母さんの思い出もお父さんの思い出も、みんな残しておきたい……」
「ミセツさん……」
「泣かないで!元気出そうよ!これからやらなきゃいけないことはいっぱいあるんだから!」
涙ぐむ華音を美雪は慰めた。
*