業火の果て
□第22章 慟哭
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何度キスをしても離してもらえなかった。
「そろそろ帰らないと列車に間に合わないよ。」
彬従は沙良の額にチュッと口づけた。
「朝まで一緒にいたい。」
「次の日講義が無い時には必ず泊まるから。」
涙ぐみながら沙良はやっと手を離した。
葵の車に乗り込むと、彬従は思わずため息を吐いた。
「申し訳ございません。沙良さまは少しワガママが過ぎますね。」
「いいんだ。俺のことが好きだからワガママも言うって分かってるよ。」
彬従は苦笑した。
「アキさま、ところで私に何かご用ですか?」
駅に着いたところで葵は尋ねた。
「えっ?なんで?」
「ずっとそわそわされてますから。」
「えっと……その、聞きたいことがあったんだ。」
「何でしょう?」
「瑛さんの住所を教えてくれる?」
「いいですけど、沙良さまもご存知ですよ?」
彬従は「うっ」と息を呑んだ。
「沙良さまには知られたくないことにご利用ですか?」
「違うよ!」
葵は追求はせず、アドレス帳に登録されている札幌郊外の住所を示した。
「それから……」
さっきよりも言いにくそうに彬従は尋ねた。
「シュウと話がしたい。でも俺の知ってる携帯の番号だと電源が切れたままなんだ。あいつ他に何台も持っていただろ?今有効な番号って知ってる?」
「ええ。」
葵はあっさり答えた。
「教えてもらえる?」
「いいですが、アキさまから電話を掛けられてもお出にならないと思います。」
「そうか……」
彬従はがっかりした。
「葵は……シュウと深い関係なの?」
「あのお屋敷で、柊さまが手を出していない女性は由良さまだけでしょう……もちろん若い女に限りますが。」
彬従は絶句した。
「沙良さまとお付き合いされている時からそうでしたが、沙良さまのお心がアキさまに動いてからは、夜ごとに違う女とお休みになっていました。」
「シュウが、そんなことを……」
葵はハンドルを握ったまま前を見つめていた。
「柊さまはお可哀想な方なのです。小さい時にお父様が自殺され、お母様もしばらくして病死されました。身寄りが無くなったあの方を瑠璃さまが気に入られてあのお屋敷に引き取られたのです。」
彬従は考え込んだ。
「今お話しになりますか?私の携帯からならお出になると思います。」
「俺がシュウと話す内容を、誰にも言わないでくれる?」
葵はうなずいた。
コール音が数回して、いつもの気だるそうな声がした。
「どうしたの?こんな時間に。」
彬従はクッと息を止めた。
「シュウ……俺だ。」
「よぉ。何の用?」
「今どこにいるんだ?」
「アキの実家じゃないのは確かだよ。」
電話の向こうで柊が嗤った。
「凄く居心地が良かったなぁ。あのままずっと居たかったよ。華音は手料理も美味かったし、抱き心地も最高で毎晩ぐっすり眠れた。」
「……俺を煽ってるのか?」
「真実を言ってるだけだよ。」
クククッとまた柊は嗤った。
「お前は何がしたかったんだ?」
「……高塔の会社をもらおうとしたけど、俺の今の力じゃさすがにまだ無理だった。」
那智物産の件は一段落し、終息に向かったと祐都に聞いていた。
「そのために華音を利用したのか?」
「あの子は本当に無防備だ。知ってるよ、背中の真ん中に大きなほくろがあるって。右の太ももの付け根にもね。前戯はあんまり馴れてないんだな。初々しくて良かったよ。」
「あいつをオモチャにするなっ!」
身体中の血が煮えくり返った。
「女をオモチャにしてるのはお互いさまだろ?」
「沙良と俺が付き合っていることが不満か?」
「あいつを満足させるのは大変だろ?可愛い顔して淫乱だからな。」
「いい加減にしろよっ!」
「アキさま、柊さまのトラッシュトークに乗せられてはいけません。」
激しく怒りを高ぶらせる彬従を、葵は制した。
「お前には何も出来ない。大人しく沙良のオモチャになってろよ。」
「華音も沙良も俺が守る!二度とお前の好きにはさせない!」
「せいぜいがんばれば?それから葵に言っといて、この携帯はもう使わないから。」
ぷつりと電話は切れた。
「なんで……シュウが……なんで……!」
彬従は膝に顔を押し付け身体を震わせた。
「アキさま、よろしければご自宅までこのまま車でお送りします。」
葵の声は穏やかだった。
「柊さまに負けてはいけません。」
「ありがとう……友達だと思っていたのに!」
葵はバックミラーで彬従の表情を確認し、無言で車を滑らせた。
アルバイトで貯めた貯金をかき集め、彬従は飛行機に乗った。
北海道は既に空気が冷ややかだった。
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