天狼の彼方
□第10章 彼女
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息子の彬従は、ここ数日元気が無い。
話し掛ければ明るく受け答えする。
だが、ふと見せる表情に暗い影が落ちる。
原因は、多分恭花だ。
今日も夕食が終わると彼女は口も開かず部屋に籠もってしまった。
「なぁアキ。」
彬従は息子を呼んだ。
「恭花とケンカでもしたのか?」
「違うよ…」
息子はいつもと同じ笑顔で答えた。
「父さん、心配しなくていいよ。何でも無いから。」
そう言い残し、彼は父の部屋を出て行った。
彬従はため息を吐いた。
息子はきっと自分を案じて余計な心配を掛けまいとしているのだろう。
じれったい。
しかし、いきなり現れた《父親》なのだ…
14年間の溝はそう簡単には埋まらない。
《あの日》、背中をドンと押された。
それが華音の《決意》だった。
振り向かず、歩き出したのは自分だ。
何度も彼女を裏切ったのは自分なのだ。
振り向き、何を言われても華音を抱きしめればよかった…
戻りたい、《あの日》に…
「………キ………アキ………アキっ!」
彬従はハッと我に返った。
柚子葉が心配そうにのぞき込んでいた。
*