業火の果て
□第4章 別離
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「メグ、私ね、子供が産めない身体なんだ。」
目の前の恵夢がハッと息を飲んだ。
「私の家は古くから続く家柄で、後継ぎを絶やすことは出来ないの。」
華音はうつむいたまま恵夢の動揺を感じた。
「アキは素晴らしい能力を持っている。その力を後継者に引き継ぐため、一族に相応しい女の子と結婚する事になる。でもそれは私じゃない。」
恵夢が手で口を押さえた。
「だから、私はアキを好きになることは出来ない…」
「何にも知らなくてごめん…」
恵夢は泣き出した。
「私はメグが羨ましい。大好きなヒロトと愛し合えるんだから。」
「華音…!」
自分より背の高い恵夢の細い身体を華音は包み込むように抱いた。
心に澱が溜まっていく。
やがて、その澱が身体の奥底を蝕んでいく。
―――負けてはいけない。私は高塔家の後継者なんだから。
華音はぎゅっと目を閉じた。
梅雨が明け、文化祭の準備に学校中が追われていた。
華音はクラスの実行委員として連日放課後遅くまで残って作業をしていた。
文化祭の前日、彬従と祐都は何気なく華音のクラスの前を通りがかった。
教室にいる生徒達が皆暗く落ち込んでいた。
「どうしたの?」
彬従は中に入って華音に声を掛けた。
泣き出しそうな目で華音が見上げた。
「榎倉先生が急に出し物を変えろって言ってきたの……」
「マジか?だってずっと前から作業してただろ?」
「ウチら1ヶ月も前に企画を出して待ってたのに、榎倉の奴忙しいからってOKしてくれなくて、間に合わないから先に準備したら今になってダメだって言うの!」
理沙が涙声で訴えた。
「今から変更なんて無理だ!」
同じ委員の山中も怒りに任せてドンと机を叩いた。
彬従はふっと華音の頭を撫でた。
「このまま終わる訳にいかないよ。」
「でもどうすれば良いの…?」
「今までの企画の内容と、榎倉の言ってる内容を教えて。」
彬従は華音の前に座り、山中の持ってきたプリントに目を通した。
「喫茶店をやる予定で家庭科室を借りるつもりだったのに許可してくれないの。」
「材料はあるんだね?当日調理が出来ない物は今夜のうちに作って明日持ち寄ろう。」
「女子で手分けして作ってくるよ!」
満里奈が言った。
「メニューも作り直さないと…」
「でももう用紙が無いんだ。」
「安藤が残っていたな。あいつ学年の実行委員長だから、備品で使える物があるか交渉しよう。」
「必要な物を書き出して。俺が聞いてくる。」
祐都が紙を取り出し、打ち合わせを始めた。
「内装も使える物はそのままで、替える所は最小限に抑えよう。」
「分かった。榎倉はここが気に入らないって言うから…」
彬従を中心にクラスの生徒達が活気付いていくのを華音は肌で感じた。
「榎倉にケチつけられたんだって?」
祐都と一緒に安藤や他のクラスの生徒達がやってきた。
「あいつ何もしねーくせに一々文句言ってきてマジムカつくぜ!」
「俺らも手伝うからな!」
「備品は他の学年にも聞いて集めたよ。パソコン室も借りたからすぐに直してプリント出来る。」
「サンキュー!さすが安藤!」
彬従はニコリとした。
下校時間のギリギリまで掛かって、変更作業は完了した。
「なんだ、俺の言う通りにしたのか?」
榎倉がやってきて教室をぐるりと見渡した。
「全部先生の言う通りにしましたよ。」
山中が怒りを隠してそう言った。
「お前らの企画よりずっといいじゃないか。明日の本番もちゃんとやれよ!」
ふんと鼻で嗤い教室を出ようとして、彬従達に気がついた。
「吉良、余所のクラスで何してるんだ?とっとと下校しろ!」
「俺は高塔と一緒に帰るんです。」
「中学生のクセに女とチャラチャラしてるんじゃないぞ!」
生徒達の冷たい視線に気づきもせず、榎倉は教室を出て行った。
「ほとんど変わってないのも気づかないくせに!」
「あんな奴が担任って最低!」
途端に怒号が渦巻いた。
「OKは取れたんだから、明日はみんなでがんばろう!」
華音は級友達を励ました。
「アキは王子様役がんばれよ!」
安藤がニヤリとした。
「アキのクラスは寸劇だっけ?」
「…白雪姫ね。」
「えっー!お姫様は誰なの?」
女子達が色めき立った。
「女の子達が主役の奪い合いで揉めたから、祐都が白雪姫をやるんだ。」
安藤がプッと吹き出した。
「お前ら絶対観に来るなよっ!」
赤くなった祐都を冷やかし皆が笑いに包まれた。
華音はそっと彬従の手を握った。
「アキ、ありがとう…」
そう呟くと涙ぐんだ。
「俺は華音を助けたかっただけだから…」
*