PARIS ほか

□Granada,1935
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バルコニーの赤い花に
白い壁が目に眩しい。
静かな昼間にフェデリコのピアノが遠く聞こえる。
揺り椅子に沈んでゆきながら
そよぐ風に耳を澄ます。


「フェデリコが死の朗読を」


日陰から私を呼んだのはルイスか。顔が見えない。

死の…

いや、詩の朗読だ。

「ここで聴くよ」
「まさか。ピアノじゃないんだ。聴こえないだろう」
「彼の声はよくとおる」
「イグナシオのために書いた詩だ」
「もう読んだよ」

イグナシオ・サンチェス・メヒーアス。
わが盟友。わが兄。
いつか私も同じ運命。
午後の5時。

傾く世界を感じている。私は。
この手を誰が捉えてくれるだろう。
わが友、フェデリコか?
優しい友は私をいたわり抱きしめてくれるだろう。
稀有な魂は、詩人でありながらマタドールの魂さえ理解する。

だが…、イグナシオ…

小さな破片、沈黙のかけら、君や私の心の奥底の泥濘に埋もれた物言わぬ孤独が、やがて芽吹いて、包み込むような大きな空に、拒絶の枝を張るだろう。

「ホセリート」

優しい声だ。愛しい私の詩人の声だ。

「フェデリコ」
「来ないのかい?私の朗読を聴いてくれない?」

優しい手だ。肩に置かれたその手を取り、唇を寄せ、いつかのように愛を囁こうか。

「辛いんだよ。とてもいい詩だからね。私が死んでも、あれ以上の詩を君は書けまい」
「君は死なないよ」
「そうだね…私は死なない。だが彼は幸せだったと思うよ」
「ああ…」

同じスペイン人の銃によってではなく、牛の角によって死に至った…マタドール。

「ホセリート…愛しているよ。君に死んでほしくない」

フェデリコが私の髪にそっと口づけ、振りあおいだ私の唇があとわずか数ミリで彼の唇に触れようというときに、「フェデリコ、皆待ってるぞ」…ルイスが邪魔をした。

「行こう、ホセリート」
「行ってくれ。私はここで聴くよ」
「分かった。がんばって声を張り上げよう」

行ってくれ…


ああ、あのとき
私は彼を離すべきではなかったのか。

フェデリコは死んでしまった。
ファシストに殺されてしまった。

私は祈る。
そして、アレーナに向かう。
黒い塊と対峙し、命を賭ける。
私は死なない。

フェデリコは死んでしまった。
もう私の詩を…
私の死を悼む詩人はいない。

私はもう祈ることしかできない。

私は祈る。

そして
今日もまた、私の闘いの場に
静かに向かう。



end

2015.01.21


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