PARIS ほか

□風のささやき
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夜は友、
夜は華、
夜は抱擁、そして非情。

夜は…俺たちの棲みか。



「昨日、街でアランを見かけたよ、ルイ。」

マルタンがふとそう言ったのは店が開く前。

鏡の中で俺を見つめ、背中に覆いかぶさって。
止めたばかりの俺のシャツのボタンを外し、首筋に冷たい指を忍び這わせながら。

普段はそっけないマルタンは、時折こうして自分勝手に甘えてくる。

それにしても、アランが?

「ほんとか?戻ってきたのか?」
「他人の空似かと思ったけど、あれはアランだ…間違いない。」

マルタンの物憂げな呟きは、アランの帰還を望んでいなかったように聞こえる。
俺たちは皆、あれほど彼を慕っていたのに?

「マリアンヌには?」
「言ったよ。もう会ったって笑ってた。」

幸せそうに、と付け足して、マルタンも微かに笑った。幸せそうに。さびしそうに。
マリアンヌの微笑みをそのまま映したように。

幸せだったマリアンヌ。
アランの恋人だった。

「ルイ…」

マルタンは目を閉じて、背後から俺を抱きしめている。
思い出を抱きしめるように。


アランは俺たちの憧れだった。

サントロペの街中で、唇端に不屈の微笑を漂わせ目深なボルサリーノも粋な彼をよく見かけたものだった。

片手の一振りで年若な友人たちにぞんざいに指示を下す彼に驚嘆した。
微かに顎をしゃくるだけで、敵をひるませ戦かせることができる彼を誇りに思った。
女どもに笑いかける彼の声音に酔いもした。

俺たちはいつでも彼のようになりたかった。

「ルイ…ショーが始まる。急がないと。」

マルタンが、唇を掠めるキスを最後に俺からすうっと離れていった。

細い背中を鏡越しに見送り、考える。
少年の頃のマルタンを。
俺より三つほど年下のマルタン。
アランにのぼせあがっていた俺たち。
アランが女にするように、初めてマルタンにキスをしたこと。

「ルイ!」

マルタンが扉口から呼んだ。
ショーが始まる。



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