PARIS ほか

□Am I right?
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私は正しいのか。間違っているのか。
それとも、ただ夢を見ているだけなのか。…


ショウ・ムーアはいつものようにコーヒー豆をミルに入れたが、少し量が多すぎたかと眉根を寄せた。
ヴァイはコーヒーを淹れるのが上手かった。些細なことで彼女を思い出す。懐かしさと微かな痛みと深い自責の念とともに。
私は…と彼は繰り返し繰り返し考える。何故、彼女をもっと大切にしなかったのだろう…と。いつも答えは得られない。答えは自分の中にあるはずなのに。見つけられない。それとも、見つけたくないのか…?
「…っつ…」
ポットから注いでいた熱湯がはねた。日常のこんな動きの中で小さな傷が跡を絶たない。なにごとにも集中できずにいるのだ。
「…ヴァイ…」
彼女の名を呟いてみる。長い間彼女の名を呼ばなかった。身を焦がすような切なさ、身を滅ぼす魔のような恋心、そんな気持ちを込めては。いや、そもそも、彼女に対してそんな気持ちを抱いたことがあるだろうか?
彼は彼女を愛していた。心から。そう思って結婚した。その愛は穏やかで心安らぐものだった。そのような愛でもって誰もが神の御前で結婚の誓いをたてるべきだと、確かに彼は信じてもいた。
だが…。
痛みはどこから来る?何故、自分を責める?この心の奥底に何が潜んでいるというのか…。

はっと目が覚めたとき、彼はキッチンテーブルに突っ伏していた。首や背中が痛んだ。雨の音だ。少し風も出ている。時刻は…と腕時計を確かめる。ああ、この腕時計はヴァイが誕生日の贈り物としてくれたものだ。父の形見の腕時計が壊れて動かなくなってしまったから。
午前3時。起きるには早い。眠るには遅い。第一、もう眠れないだろう。彼はつい今しがた、頭の中に、或いは胸のうちにあった面影を追った。怖れおののきながらも寝起きの朦朧とした意識のうちに。身を焦がし滅ぼす切ない恋心…まさに魔のような…そんな心に強いられて。
彼は頭を振る。その面影を追い払うため。彼がその名を唇に載せる前に。

「チャック…」

雨が激しくなった。
窓硝子を打つ雨音は、まるで彼を責める御使いたちの擲つ石礫。
私は地獄に堕ちるだろう。


2012.09.11
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