PARIS ほか

□桜
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桜の花びらが一陣の風にはらはらと舞い散り、そのひとひらが恭太郎の鬢の毛に引っ掛かった。
恭太郎はいつも隙のない様子なので、桜の花びらを引き留めた一筋の落ち髪がどうにも妙な具合だと、龍馬は思った。

眠る恭太郎の額は白く、眉は冷やかに凪いで、鼻梁から唇、顎にかけての稜線が実に美しい。息を飲むほど、美しい。いや、息が止まるほど…まあ、喩えはどうでもよい、とにかく、美しい。

龍馬は、恭太郎が眠っているのをいいことに、その寝顔を穴のあくほど眺め尽くし、眺めるだけに飽きると、その白い額の微かな熱をそっと指先に偸んだ。
指先に伝わった熱は、龍馬の血管を這い上り、胸に伝わりそこから分かれて腹と頭を痺れさせ、龍馬は我知らず身を屈め、膝の上の小さな頭に顔を寄せていた。

「…っ…!」
「おお、すまん。起こすつもりはなかったんじゃが」
「いえ…気持ちよく眠りこんでしまった…かたじけない」
「堅物じゃのう、その物言い何とかならんのか?もう他人とは違うんじゃき」
「坂本さん、あなたこそ、その物言い何とかしてください」
「…おんし、寝ちょったほうが可愛げがあるのう」
「………」

恭太郎は物も言わず、龍馬の膝に倒れ伏した。頑なにすら見える横顔を覗きこみ、龍馬は再び恭太郎の白い額にそっと指先で触れた。

「…嘘じゃき…」
「分かってます…。ただ…あなたの膝は気持ちいいんですよ、坂本さん…」
「そうか…そりゃあ良かった…」

龍馬は、恭太郎の小さな頭が、白い額が、形のいい唇が自分の膝の上に、腕の中に、そのまま抱きしめ接吻できる距離にあることが実に爽快で堪らなく嬉しかった。

風に舞い散る桜花のような儚い命かも知れぬ…しかし…今、ここにこうしてあることが、何より価値のあることなのだ。

なあ、恭太郎…
わしが命を捧げるのは、この国のため、…それは、おんしのためでもあるんじゃ…


桜がまた風に花びらを散らす。


ああ、美しい…
ほんまに美しいなあ…恭太郎…




龍馬の袴の折目、衣の手触りを、刀の柄を握るためにある手指で繊細に拾いながら恭太郎は、自分は舞い散る桜の花びら、そのひとひらになってしまってもかまわないと痛切に感じていた。

龍馬はこの国の未来のために命を捧げると言う。自分は…どうなのだろう…。恭太郎は、己の使命と国の行く末に思いを馳せながら、手指と額から心の奥底に浸透してくる気配のやるせなさに涙をこらえるばかりだった。



二人の心を隔つとも知らぬげに、桜の花びらは風に吹かれ声もなく舞い散りつづけた。



end

2013.03.27


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