PARIS ほか

□風のささやき
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切ない咽び泣きのタンゴに、組んでいる相手の胸元に頬を寄せながら、思うのはいつもマルタンのことだ。

マルタンと俺はクラブのショーで踊る。
それぞれ女性ダンサーと組んで踊っている。
ダンサー仲間のジザベルとカタリナ。

時々マルタンと組んで踊る。
ジザベルと組んでいるときより体温が1度上がる。

彼もそうならいいが。

聞きはしない。
言いもしない。
ただ、彼の腰を抱いてため息をついてみるだけ。
脚を絡ませては、秋波を送るだけ。

「マルタン、グラスが空だ」
「ああ」

踊り終えて、マルタンは酒瓶を二本、一つを俺に寄越し、一つを瓶のまま煽る。
昔、アランがそうしたように。

やがて、イヴェットがほとばしるような歌を叫び出す。
男と女の激しい愛の歌。
恋の悲劇の歌。

マリアンヌが踊っている。
ジゴロのジョルジュが何かに反応する。
視線を追うより早く、俺の眼前に飛び込んできたのはアランだ。

マリアンヌを連れに来たのだ。
いつ店に入ってきていたのか。
マリアンヌをジョルジュが許すはずがない。

「ルイ!彼のコートだ…!」

マルタンが小声で叫び、コート掛けから引っ掴んできた白いコートを俺に。

ジョルジュと争い、マリアンヌを連れ去ろうとするアランに、俺はコートを投げる。

「アラン…!」

彼は俺を見た。笑いはしなかった。夢見るような眼差しで一瞬、感謝する、と。

ジョルジュが許すはずがない。

その瞬間、銃声がはじけた。

倒れたのはアランではなく、マリアンヌだ。
幸せだったマリアンヌ…。
アランの恋人だったマリアンヌ…
可哀想なマリアンヌ…

恋人を腕に抱きしめ嘆くアランを、俺は固唾を飲んで見守るしかなかった。




「あれからアランを見たか?」
「見ないよ。」
「街を出たかな…。」
「だろ。」

休みの日の真昼のベッドで、マルタンは俺の傍に仰向けに寝転がり、天井の星を数える。

…こんなふうに、ぼんやりと幸せそうなときは、「天井の星を数えている」のだそうだ。

あのとき、俺よりマルタンのほうがひどくショックを受けていたようだったが。
もう忘れてしまったのだろうか。

マルタンは俺をふと見上げ、ふと微笑み、また目を閉じる。

…ずっと、こんなふうに一緒にいられたら。

アランはマリアンヌを手離すべきではなかったのだ。
どんな事情があろうと。

俺は、マルタンを離しはしない。
アランのようには。
そう心に誓ってみても、風のささやきを耳に聞く。

この世界は終わりのない繰り返しなのだと。

人は別れ、人は出会い、
愛は死に、そしてまた愛は生まれる。

どこかの街角で、アランもまたマリアンヌに出会うだろう。

明日の夜も俺はマルタンをこの腕に抱いて踊るだろう。



end


 →雑感

2017.12.10


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