ROMA

□恋歌
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本番に向けての意気込みとひとまず一段落の晴れやかさの混じった一種独特な雰囲気の中、東京公演の最後の稽古が終わった。

喧騒に紛れ、まっつさんを見失い、不安感を振り払えない。
桂さんと一緒のまっつさんを再び見出だしたときも、まっつさんは私を認めて微笑んでくれたけれど、やっぱり少し陰りのある微笑で、不安感は募る一方だった。

いくつか用事を済ませて、彼女の部屋を訪れたのは、8時頃だったろうか…
出迎えてくれたまっつさんは、私の顔を見るなり、その陰りのある微笑さえ引っ込めてしまった。
私は、どんな顔をしていたのか…
「ちぎ…」
「まっつさん…」
「…ちぎ…ごめんな…」
「そんな…いきなり謝らないで…」
私は彼女を抱き寄せ、キスしようとした。彼女は手で遮って、
「ちぎ…話があるねん」
…キスを拒まれたのなんて初めてで、頭を殴られたような衝撃を受けたけれど、まっつさんはもっと辛そうだったから、私は彼女の頬をそっと撫でた…あらん限りの優しさを込めて。

彼女は私の手を引いて、ソファーに連れて行き、彼女の隣に座らせて、私の目を見つめた。
彼女は今にも泣き出しそうな瞳で…唇は微かに顫えて何か言いかけそうに見えるけれど、言葉は出てこない。
「…まっつさん…言いたくなければ言わなくていいよ…」
「そんなわけにいかない…」
黒い瞳が潤んで煌めいているのが、こんなときなのに、堪らないほど綺麗で…
「…どうして?」
私は、どんな話を聞かされようと、この人を決して離しはしないと心に誓う…
「あんな…」
まっつさんはなおも言い澱んで、どうしても言葉を継ぐことができず、一瞬深く目を瞑り、振り絞るようにシャツの首元を開いて見せた。
数日前から絆創膏で隠されていたそこには、私がつけたものではない紅の花びらのような痕…
「…まっつさん…」
声が掠れ、頭がグラグラした…
災いの予感に、あらゆる不幸を想像したけれど、現実の衝撃は予想をはるかに超えていた…
「ごめんな…ちぎ…」
彼女は美しい顔を歪めて、泣くのを堪えている…泣いたってかまわないのに…
「…誰と…寝たの?…それとも…レイプ…?」
「その方がまし…?」
「そんなわけない…」
私はもう耐えきれず、彼女を壊れそうなほど強く抱きしめた。
「…ちぎ…痛い…」
「我慢して…」
心が張り裂けそう…
数十秒…あるいは数分…そうして彼女をきつくきつく抱きしめ続けて、嵐が少し治まったとき、腕を緩めて彼女の顔を見た。
彼女は泣いていたけれど、辛そうな表情は和らいで、安心したような、微かに恍惚とした表情で…
私はそっと震える指で彼女の涙を拭って、唇を重ねた。今度は彼女も拒まなかった。
深い口づけの合間に…私は彼女に少しだけ嫉妬をぶつけた。
「…まっつさんが、その人を好きでも…渡さない…私のものだから…」
「ちぎが好き…」
「どうして、他の人と寝たの…?」
「成り行きで…」
「…許さない」
繰り返す口づけは甘いのに切なくて…
「許さへんでもいい…ちぎのものにして…」
このどうしようもない恋人を、私は既に許してしまっている…
彼女もそれを分かってる…
ひどい人だ…
…白い首筋に唇を這わせ、強く吸った。
目立つところだけど、これぐらいしたって、罰は当たらないはず…
シャツの釦を外していくと、彼女はシャツ一枚しか着てなくて、白い肌が眩しく露わになり、思わず息を呑む…
「…ちぎ…」
彼女の腕が私の首を掻き抱き、私は彼女の肋よりは柔らかい胸に口づけた。
…彼女の肌に触れるたび、吐息が弾けて微かな喘ぎになる。
ベルトを外し、パンツを脱がせようとしたとき、もうひとつの花びらのような痕を見つけて一瞬頭に血が上る。
「…その人とのセックス、良かったの?」
「え…」
ショーツの中に指先を滑り込ませると、彼女はびくりと体を震わせ息を呑む。
「…キスマーク、いくつ、つけられてんの…気づかないくらい夢中だった?」
こんな意地悪、言いたくないのに、嫉妬の炎が消せない…
「…四つ…」
「え…?」
「四つある…キスの痕…」
彼女は肩先を示し、それからパンツを脱いで太股の内側を…
「…!」
目眩がした。もう、何も言わないほうがいい。今、口を開いたらきっと、取り返しのつかないほど彼女を傷つけてしまうことしか言えない…
私は燃え上がる嫉妬心を行為のほうに振り向けた。
「…っ…あ…」
他の人がつけた痕なんて、全部、私が消し去ってしまいたい。
彼女のすべて…私のもの…
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