PARIS ほか

□PARIS
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クロード先生は、ステファン先生を目の敵にしていた。

二人の間に何があったのか、なかったのか、正確には知らないが、かなり古いつきあいらしく、おそらくかつてはよほど親しかったのではないかと、そんなふうに感じることがよくあった。

そうだ…あの日、あの時も…


「俺とステファンの関係を知っているだろう…!ステファンに見せてみろ、この病院にいられなくしてやる!」

クロード先生が取り合おうとしないクレブスの疑いのある患者のレントゲン写真を、私が、ステファン先生に見せていいか、と迫ったときだ。
彼は激昂して私の胸ぐらを掴み、そう脅した。

彼の怒りの激しさが、ステファン先生への思いの強さを物語っていた。
結局、愛と憎しみは表裏一体なのだ。


その日、後になって彼は、いつになく柔和な物腰で、帰ろうとする私を呼び止めた。

「昼間は悪かったな…少し苛々していたんだ。お詫びに一杯奢らせてくれ」
「え…あ、はい…喜んで」

実際、私は嬉しかったのだ。
仕事以外で初めて彼とともに過ごせるのが。


彼は酔っていた。

食事のワインを一本…そう、一杯どころか、彼はかなり高級なレストランに私を連れていき、予約なしで上席に案内されるのを自慢するようだった…
それから店を変え、彼のいきつけだという、これまた高級なバーで、何杯煽ったろうか。

「俺の母親は病気で手術が必要だったのに、手術の金がなかった。金さえあれば死なずに済んだはずだ」
「お気の毒に…」
「同情などいらんよ。今、俺は何不自由ない暮らしだ。…まったく、金の力とは…!」
「あなたは、金で買えないものもあることをご存じないんですか?」
「そんなものはないことをご存じだ」
「寂しい人だ…あなたは」
「何とでも言うがいい。俺は勝者だ…」

彼は、そう言って笑って、杯を掲げた。


酔っていないと言い張る彼を、ご自慢の高級アパルトマンに送って行くと、まるで命令のように、珈琲を飲んでいけと言われた。

意外なことに彼の淹れる珈琲は旨かった。

「…毎日、何時間眠っているんだ?」
「分かりません。3、4時間か5、6時間か…考えると眠れなくなります…」
「何を考えると眠れなくなるんだ…?」

小さな洒落た珈琲テーブルだ。
彼は肘をついて、私のほうに身を乗り出していた。
間近にお互いの目を覗きこんで…

「…自分の生活を、です…」

瞳の奥に焔が揺らめいている。
もう、あと1ミリだ。
彼との物理的な隔たりは。

「ピエール…覚えておかなくていいからな…」

彼の呟きと接吻と…どちらが先だったか分からない。

言葉はなかった。

彼は、私を愛しているかのように振る舞い、私は、彼を愛してなどいないかのように振る舞った。

けれど私は、お互いの目の中に、金で買えないものを見たと信じたかった。
いや…今でもそう信じている。

彼の接吻も抱擁も愛撫もすべて、優しく烈しく確かに愛に満ちていたのだ。


2012.05.29
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