PARIS ほか

□Am I right?
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チャックが数年ぶりにこの町の駅に降り立ったとき、折悪しく雨が降りだした。彼は雨に濡れるのは嫌いではない。快適な室内で濡れそぼった服を脱ぎ、髪や体を肌触りの良いタオルで拭き、しだいに気持ちよく乾いていく過程が好きだった。

しかし、今日はこの荷物だ。安物の鞄に雨が滲みるのはありがたくない。宿の算段もせねばならない。彼に遺産を遺してくれた叔父の空き家に泊まれればいいが。

彼の居所をつきとめ、手紙を送って寄越した弁護士は大したものだ。彼はまさかボーモントが彼を追ってくるとは、そして捕まえるとは思っていなかった。彼のほうがひとかどの人物になった暁にこの町を訪れ…あの人を捕まえるつもりだったのに。

この帰還は凱旋ではない。彼は挫折した。彼は自分が負け犬だと知っていた。弁護士からの手紙は、あるかどうかも疑わしい彼の叔父の遺産について彼の相続権を報せるものだった。彼は藁をもつかむ心持ちでその手紙に縋ったのだ。


彼は、しかし、宿の算段をするどころか、気がつくと、ぼんやりと雨に打たれながら、ムーア牧師の家の前に佇んでいた。一番会いたくない人のはずなのに。

いや、会いたくないわけがなかった。ショウ・ムーアは、この町の人間でチャックが幾ばくかの懐かしさをもって思い描くただ一人の人だ。彼は元気にしているだろうか?

郵便受けの表札がムーアのままだから、住んではいるんだろう。アリエルはいないかも。大学を出て遠くの街で暮らしているかも。窓のカーテンの隙間から漏れでる灯りにショウの息吹を感じ、チャックは知らずに微笑みを浮かべていた。同時に、人間性の奥深さを感じさせる彼の耀く瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。…


2012.09.12
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