ROMA

□錬金術
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劇団のどこかで出会うあの人はいつも
満面の笑みで明るくて
私のことなどもう何でもないように清々しい

多分私もそうなんやろうと思う

だって実際、もう、何でもない
素敵な人やったけど、もう、何でもない


「えりりんとまっつって、ウワサなかったよ。上手く隠したもんだね」

不意に桂が、私の頭の中を見透かしたかのように、あの人のことを言い出した。

「なに、急に」
「今、えりりんからメール来て…公演中で疲れてるやろけど肉食わしたるから、付き合うかー?って」
「え、桂、行くの?」
「うん。まっつもね」
勝手に返信している。
「え、ちょっと…」
「まっつ連れてきたら奢ってくれるんだって」
普通、上級生なら奢るやろ。
「行かへんで」
「退団する同期の頼みを断る?」
頼まれてへんし。
「反則。罰金」
「体で払うよ」
「今、力仕事は間に合うてる」
「現地集合よろしく、だって」

結局付き合う羽目になるのは分かってた。


壮さん御用達の但馬牛のお料理屋。壮さんより先に着いてしまい、桂と二人、個室に通された。
奥まったこじんまりした個室は、小さな床の間にいつも品よく生け花が飾られている。

今日の花は…名前は知らないけど、壮さんが好きだと言っていた花…
バカみたいに、こんなこと、覚えてる。

「ごめーん、忙しいのに待たしてしもて」

あの優しい笑顔で現れた壮さんは、私を見て更に細めた目尻を下げた。

「まっつ、久しぶりやなぁ…。おおきに。来てくれて」
「ちょっちょっ、えりりん、私には〜?」
「あ、おったんかいな。冗談、冗談。くっそ忙しいのに、ほんま、ありがとう」

二人のやりとりに思わずくすりと笑ったら、壮さんはまた優しげに微笑んで、「ほんま可愛いな、あんたは」などとのたまう。

「えりりんさあ…よくも私に内緒にしてたよね、まっつとのこと」
「は?何が?」

美味しい、美味しいの輪唱の合間にそんな会話が飛び交う。

「ばっくれないでよ〜」
「何のことか分からんな、まっつとうちは何でもないで」

壮さんの真意を測りかねた。
桂にどこまで秘密のつもりなんやろう…
バレてるのに秘密のフリ?
これは何のゲームなんやろう…

「壮さん」
桂が席を外した隙に声をかけた。
「まっつ」
何?その笑顔。その呼び方。
「壮さん…」
「キムに言うたんや?私とのこと」
何?その沈んだ口調は。
「成り行きで、バレました」
「私は、内緒にしてる。バレたんは…まっつのちぎちゃんにあたる人にだけ」
あ、心が動いた。だめ。あかん。
「それって、やっぱりまゆさんですか?」
まゆさんのことはずっと、壮さんと付き合ってたときからずっと、感じてた。
「それは秘密や」
「組替え、寂しいですね」
「2回目でもな。何言わすん、秘密や言うてるやろ」
笑わないで。壮さん。
「…別れてはいないんですか」
「組替えくらいで別れへんよ」
そうだった。私のことも…別れたつもりなんてなかったって…
「誰が別れへんてー?」
桂が、戻ってきた。


「今日さぁ…、えりりん、何で…誘ってくれたの?」

最後の杯を掲げて「卒業のキムに」と壮さんが男役の美声で称えたときに。

桂は、本当に嬉しそうに…泣きそうな笑顔で、「ありがとうー、えりりん…」と嘆息したあと、遠慮がちにそう尋ねた。

「もう日がないし…」
この後のスケジュールはすれ違いだから。
壮さんは杯を持つ綺麗な指先を見つめ呟き…耀く瞳を上げた。

「あんたら二人を見たかってん」

ここにおる間に。

とことん、同期やな…
嬉しいわ…

壮さんは、笑った。



2013.08.09
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