ROMA

□錬金術
12ページ/13ページ



今日、桂は

きれいさっぱり何もかもを洗い流したような
白い服で
劇団に入って

同じ舞台で
これまでの総てを出しきって

特別な“生徒”であることの証の最後の
緑の袴で
劇団を出ていった

きっと
やりとげた者だけが味わえる
懸けた総てを贖うような
何とも言い難い感動で胸が張り裂けそうなんだろう

いつか…なんてことは今さら考えないけれど



「まっつ〜帰るの〜?」
「桂もね。ほら、立って」
「立てない〜」

涙あり笑いありの盛り上がりまくった打ち上げもおひらきになり。
「まっつ、送ってってくれる?」みきちゃんが心配そうに。
「うん、もちろん。けど、誰かタクシーまで運んでくれへんかなあ…これ…」
呟くと、下級生男役数人の立候補の手が挙がる。ここは当然頼もしい子に。
「夢ちゃん、いける?」
「任せてください。お姫様抱っこしましょうか」
「いや、そっちの肩、頼むわ」
「私が」
突然に、ちぎが。私のかわりに桂の体を支えに割り込んだ。
夢ちゃんと一緒にいたから自然な流れだけど、ちぎ、私をどうしてそんな目で見るの?

「桂さん、大丈夫ですか?」
3人で桂をタクシーに乗せて。
「だいじょーぶ。ありがと、ともみん、ありがと、ちぎ、ありがと」
ヘラヘラと手を振る桂を奥に押し込んで、自分もタクシーに半身乗りこみながら私は、
「夢ちゃんとちぎはまだどっか行くの?」
ちぎの手首を掴んでた。
「え〜、いや、帰ろかな〜と…」
夢ちゃんからはちぎの手首は見えてない。
「じゃ、夢ちゃん、ちぎ借りるね」
「はい、お疲れ様です…」「まっつさん…」
「運転手さん、出してください」
夢ちゃんの挨拶もちぎの呟きもちゃんとは聞かずにタクシーを発進させた。


「まっつさん…どこ行くの?」
「桂を送って行くんやんか」
「だね」

さっき…何で私を睨んだん?
問い詰めたかったけど、タクシー運転手に守秘義務はないから。

桂とちぎと私と
3人黙ったままの
短い短い夜の旅

「まっつさん」「まっつ」

ちぎと桂が同時に。
タクシーが止まった。

「大丈夫なん?桂…」
「大丈夫。部屋まで送ってくれる?ちぎは待ってて…すぐだから」
一緒に降りようとするちぎを制止して桂は私を見た。
その目は酔っ払ってなんかいない。その目は、音月桂そのもの。

「…ちぎ…待っとって」
彼女の細い指を握り、離し、祈った。私のちぎ…
わかって。桂はもう今日で辞めてしまうの。桂は大切な同期なの。桂は…私たちのトップスターやったやん…

「桂さん」
ちぎが手を差しのべた。言葉はもう言い尽くした。最後に握手を。
「ちぎ、がんばって…!」
桂は、ちぎの手を握って…
彼女をぎゅっと抱きしめた。

私は、ちぎをタクシーに残して、桂とエレベーターに乗り込む。

「まっつ…えりりんと…ちぎと…私と…誰がいちばん好き?」
泣きそうな笑い顔で。
「ちぎ」
「そう言うと思った」

桂の部屋の玄関で、桂はやっぱり私にキスして、「じゃ、まっつ、またね」と。

たくさんの昨日と同じように

またね


宝塚歌劇団雪組主演男役の音月桂には二度と会えないけど


またね





私のマンションで、今度はちぎを一緒に降ろして。
エレベーターに乗り込む。
あと1分我慢しよう。

「さっき…何で私を睨んだん?」
玄関扉を閉めて、やっと私は彼女を問い詰める。
「桂さんとくっついてるから妬いただけ」
「こんな日に?」
「だから、我慢したじゃないですか」

ちぎの、ふて腐れた調子が不意に懐かしくて可笑しくて、私はつい、くっくと声を立てて笑ってしまった。
彼女は何が可笑しいのかと抗議めいた目付きだけれど、ほんとはちょっと嬉しそう。

綺麗な顔して、二枚目ぶって、私を優しく抱き寄せる。

「桂さんがいなくなって寂しいけど…それどころじゃないね、次は壮さんだもんね」

どこまで本気なんだか。

「あんなぁ…ちぎ…」
「なぁに?まっつさん」

綺麗な綺麗な琥珀色の深みを見つめていると…
言葉は消えてなくなり…

私は彼女を抱きしめて
その腕の中に収まって
綺麗な顔を両手で挟んで
唇に…

愛してる、と…

息を吹きかけ…


………



2013.08.16
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ