ROMA

□錬金術
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膝まづいて
眠る恋人の額にそっと口づける。

どうか目覚めないで
もうしばらく
寝顔を見つめていたいから。

不思議に悲しそうな幸せそうな寝顔…

私の届かない夢の中
何をしてるの?何を思うの?幸せなの?悲しいの?

「……つさん…」

彼女の唇が吐息とともに微かに洩らした呟き。

「ちぎ…」

私を夢に見てるの?

「ちぎ…」

胸が苦しい。
目覚めて。ちぎ…

彼女の唇にそっと口づけた。

「あ…まっつさん…来てくれたんだ…」

目蓋がぱちっと開かれて、琥珀の瞳が笑う。寝起きの掠れ声も嬉しげに。泣きそうな笑顔で。

「うん、来たで」
「今、何時…あ、いい、いい、何時でも」
ちぎが私を抱きしめる。
私もちぎを抱きしめる。

「まっつさん、好き…」
「うん…私もちぎが好きや」
「…明日から、ちゃんとする…」
「え…?何が?」
「今日、私、ヘンだった」
「あ、そうなん?」
「…廊下で」彼女は私を更にきつく抱きしめて「キスしてくれたとき、死ぬほど嬉しくて」

きつくきつく抱きしめて、囁く声は私の胸を打つひたむきさ。

「だから、わがまま言った」
「わがままって…」
「ばれてもいいとか、うちに来て、とか」
「そんなん…わがままのうちに入らへんし…」

抱きしめる腕を弛めて私の目を覗きこむ。
彼女の目は琥珀の静けさ。
どんな悲しみを閉じ込めて、まだ眠っているのだろうか。

「今日だけ…今日だけ…って思って」
「いつももっとわがまま言うてええねんで」
「ほんとに?」

琥珀がきらきらと耀き、いたずらっ子のような笑みが広がった。
次の瞬間、私を抱きしめたまま、勢いよく立ち上がって、くるくると踊り出す。

「“踊り明かそう”歌って!」
「歌詞分からん」
「スキャットでいいから」
歌いながら、踊った。
部屋の中をくるくると、ちぎは器用に家具を避けて。
ちょうど歌い終わったときに二人、ベッドに倒れこんだ。

「息、上がった…」
「…まっつさん、好き…大好き…愛してる…」

苦しい息を落ち着かせるいとまも与えず、彼女は私の唇を奪う。
頭が…ぼうっとして…くらくらと目眩がして…倒れそうに感じて、私は彼女にしがみつく。

ベッドに横たわって、いるのに。

「まっつさん……していい?」
「して…ちぎのものにして…」

彼女の唇、彼女の手、彼女の指先、彼女の瞳…
彼女のすべてを私は求めた。
彼女の心の悲しみさえも。

やがて…

私たちは…

吐息と涙に咽びながら、彼女が告白する深い愛を、私の心と体に刻みつける…

その愛と同じ深さに、刻みつける…





明けきらない夜に

ふと目が覚めて見つけた
触れそうなほど近く
美しい恋人の眠り顔

溢れる愛しさに名を呼んで、
「桂さんが…」
揺り起こすと、開かない目で、掠れた声で、半分まだ眠っているような呟き。

「桂が?」
「…私に言うの。まっつさんは…私だけのものでは…いてくれないって…」
「アホ言いな。他に誰のものやって言うん」
「さあ…」

また眠りに落ちようとする彼女の唇に軽く噛みつく。

「…痛い…」
「私が、誰のものやって?」
「私の…」

あろうことか、ちぎが寝ぼけながら泣き出した。その細い両腕で顔を覆って。

「私の…私のまっつさん…。まっつさんは私のもの…私だけのもの…。まっつさんは…」
「…そうやで、ちぎ…私はちぎだけのものやで…」

アホらしいと思いつつ、もらい泣きしそうになりながら、彼女を抱きかかえ、あやすように髪を撫で、背中をぽんぽんと叩き、細い体を軽く揺する。

この暖かな
二人のベッドの中で

また彼女が
安心しきって

つつましい寝息を
たて始めるまで


…まだ夜は

明けないから…



2013.06.29
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